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トップ > 交通 > 交通 - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年11月21日 4時)
社会保障はアフリカの経済成長のブレーキではない(ル・モンドの記事)
前回の 金融危機の永遠の犠牲者としての貧困国(ル・モンドの記事)
とは筆者も掲載された日付も異なりますが、一つの回答となっているかのような記事を見つけました。11月21日の『ル・モンド』に掲載されたと思われる、La protection sociale n'est pas un frein pour l'Afrique
(社会保障はアフリカにとってのブレーキではない)という記事です。
Chronique
La protection sociale n'est pas un frein pour l'Afrique, par Yves Mamou
LE MONDE | 20.11.08 | 12h40
長い間、国際通貨基金IMFの専門家たちは、アフリカにおける経済発展が社会保障制度に関して行き詰まりかねないと考えてきた。医療保険、老齢年金は成長を妨げる負担だったと。
国際社会保障連合AISSが11月18日にキガリ(ルワンダ)で発表した報告書、『アフリカのための活動的な社会保障:発展のための戦略』は、こうした問題提起が逆転しつつあることを示している。医療保険、高齢者の年金、労災保険は、経済発展の前提条件として認識され始めている。
ボツワナ、エジプト、モーリシャス島、ナミビアや南アフリカのような国々は、高齢者への退職年金の支払いが、家族を貧困から脱出させるための素晴らしい原動力だったことを実感した。
「モーリシャス島では、貧困線以下で生活する家庭での高齢者の割合は、年金のない64%に対し、年金のある19%となっている」と、AISSの報告書は言う。年金は決して多くない(1ヶ月あたり、数ユーロから十数ユーロ)。保険料を払ったことのない人にも支給される。しかし家庭のグループ全体に支払能力を持たせる。「老齢年金の受給者は、孫に学校の制服、本、医学的治療を与えている」と報告書は明確にする。レソトでは、同様のメカニズムにより「栄養失調の率を半分にまで減らす」ことができた。高齢者への公的補助がなければ、家族という単位の普及しつつあった経済的均衡は中断する。
しかし財源が不足することを考慮すると、国際的連帯がなければ何も行われない。ルクセンブルクの組合はガーナに援助し、オランダ政府はナイジェリアに査定をもたらし、ドイツ開発公社はケニアの医療保険に共同出資した。
「包括的で、一貫して統合された社会保障の国民的戦略」が生まれるためには、まだ多くのなすべきことがある。そして貧困には途方もないものは何もない。「包括的な医療保険、高齢者と拠出できない障害者への年金、子供への補助金と目標を絞った社会的補助を含む、ささやかな補助金は、タンザニアの国内総生産の6%に満たないであろう」と、報告書は記している。
社会保障の一般化には時間がかかる。アフリカ人の全体的な貧困とエイズのような流行病は、市民の拠出能力を低下させる。平行して、非公式経済の増大が税によって資金を賄われる退職者の年金を弱体化する。
最後に、現存する老齢年金保険や医療保険は官僚主義や腐敗によって麻痺させられる危険がある。それでもAISSは楽観的でありたいと願う。社会保障の列車はアフリカで前進している、と。
Yves Mamou
Article paru dans l'édition du 21.11.08
前回の 金融危機の永遠の犠牲者としての貧困国(ル・モンドの記事) で引用した記事で言及されているように、IMFは「支配下」においた国々に社会保障の削減、公共企業の徹底した安値での私物化を要求してきました。新自由主義者の信仰に近い確信の一つに、社会保障は経済成長を抑制するという類のものがありますが、アフリカにおいてその誤りが証明されました。世界の貧しい国々もまた、先進国からの援助が必要とはいえ、社会保障の充実こそが成長を促す手段となるでしょう。
一応経済大国呼ばわりされていますが、社会政策がとても先進国の水準にはない、医療費の低さに至っては「新興国」の水準にすらなく、貧困国と比較したほうが早そうなどこかの国は、偉そうにIMFに金を貸していますから、将来IMFに支配されることはないでしょう。しかし社会保障を憎む姿勢はかつてのIMFと
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作者:
更新日:2008年11月21日 23時59分
金融危機の永遠の犠牲者としての貧困国(ル・モンドの記事)
やや古くなりましたが、11月19日付の『ル・モンド』紙面に掲載されたと思われる一つの記事を以下に引用します。
Les pays pauvres éternelles victimes de la crise
(危機の永遠の犠牲者である貧困国)という記事です。
Point de vue
Les pays pauvres éternelles victimes de la crise, par Jean Merckaert
LE MONDE | 18.11.08 | 13h36
30年前から貧困国は、世界金融の気を狂わせた激しい利潤競争の影響を正面から受けてきた。国際金融システムを立て直すべき時に、貧困国は交渉のテーブルに招待されることすらない。
この悲劇の年代記は明確である。第1幕、借金。1970年代、自らの流動資産のはけ口を求めて、欧米の銀行家は南半球の国々に、競争相手に挑戦するような金利(変動)で大量に借金させる。国家は、フィリピン、コンゴ(旧ザイール)、あるいはアルゼンチンのような凶暴な独裁国家に、西側のブロックへの忠誠と引き換えに信用を供与して、銀行の後を追う。第2幕、負債の危機。地政学的理由以上に、疑われていることは、アメリカ財務省の決定に続く、急激な利率の再上昇と、農産品価格の下落による輸出収入の暴落である。第3幕、構造的調整。1980年代から、G7諸国の蔵相は貧困国に対して、借金を返済するために医療、教育、雇用のための支出を犠牲にするように要求する。
固定相場制からの脱出後に仕事のなくなった国際通貨基金IMFは、大安売りの私物化、商業と金融の自由化と国家の役割の後退を押し付ける役割を負う。外国人投資家の最大限の利益のために。市場の開放は、田園地帯の住民の第一の収入源である、食料品栽培を危機に陥れ、生まれつつある工業を卵の中で殺す。少数の者が鉱山と油田の収益を独占する。南半球で得られた莫大な利益はオフショアセンターに逃避する。
結局、発展途上国は今なお毎年、4560億ドル(3660億ユーロ)を負債の償還に当てている。脱税はこれらの国に毎年3000から5000億ドルの負担を強いている。年間1000億ドルの開発援助と、10年前から認められた借金の僅かな軽減(880億ドル)は、南側諸国の資産からの大規模な徴収の担保の代わりになっている。何度となく、我々は世界金融がより良く規制され、共有されるようにG8諸国に要求してきた。何度となく、我々は壁にぶつかった。
以上のように、世界化された金融の狂気は我々の株式市場と雇用を脅かし、我々の政府は秘密裏に、資本主義を疑問視することなく資本主義を守るためにその枕元にある最も強大な20カ国を急いで召喚する。貧困国、国連事務総長バン・キムンの言葉を借りれば、「危機によって最も苦しみ、危機に最も責任のない人々」が期待するだろう。
ZONES DE NON-DROIT
(無法地帯)
我々のように、ワシントンでの首脳会談のために欧州連合が掲げた目的は、貧困国を呆然とさせるに違いない。欧州連合は実際に、反論なしに、地球の金融の監視役を一つの機関、IMFに委ねることを望むことがどうしたらできるのだろうか。借金を負った国を大量出血したまま放置し、自らの第一の使命、国際金融の安定化を忘れてしまったIMFに。アメリカ合衆国最大の都市に本部を置きながら、IMFはサブプライム危機とアイスランドの破綻に予め備える能力のないことが明らかになった。税制の天国(タックスヘブン)という無法地帯を放置し、規制緩和された金融を世界化して、IMFは全世界的な危機の条件を創り出した。自らの紋章を再び輝かせるのは、アルゼンチン、ロシアと東南アジアの危機の災いをもたらした管理ではない。
IMFは病んでいる。そのエコノミストの99%が教育された新自由主義のドグマに病んでいる。南側諸国の大部分における、その血統書が生み出す疑惑に病んでいる。IMFが統制することを諦めた、殊に理事会で拒否権を行使するアメリカ合衆国を含むG8諸国による本部の独占にも病んでいる。
たとえ称賛に値するとしても、世界金融の多極的に再び引き受けるという欧州の野心は、その作業があのような機関に委ねられる限り、無駄に終わるだろう。少なくともショック療法では。金融危機は、貧困国を緊密に結び付けて、国際的な新たな規制がより有効で、富のより公平で合法的な再分配のためでない限り、持続的な解決策を見つけられないだろう。G20以上に、今月終わりにドーハで開かれる、開発のための資金供与に関する国連の首脳会議は、この厳しい作業に取り組むための理想的な機会である。
Jean Merckaert est coordinateur de la plate-forme Dette & Développement.
Article paru dans l'édition du 19.11.08
記事の論旨から外れますが、1月1日に日本に居住しないことで、日本の住民税を払っていないことを自慢していたヒトが、日本の経済政策に対して大きな影響力を持っていました。このような、合法的な脱税fraude fiscaleを吹聴しているヒトに委ねられた経済が今、どのような状況に陥っているかは他言を要しないでしょう。
IMFが発展途上国の農業生産を破壊し、産まれつつあった産業を破壊したことは、上に述べた合法的脱税者が、日本社会を破壊したことと同様です。後者の場合、どのように入手したか明らかにできないような某社の未公開株の価格吊り上げを意図したとしか思えない国会答弁の後に、上場後の売却益でボロ儲けしたことも付け加えておかなければなりません。これが、彼の言う「努力した者が報われる社会」における「努力」だったのです。IMFがまだしも変わりつつある現在でも、この犯罪人は「カイカクが足りない」とほざき続けているのでしょうか。
作者:
更新日:2008年11月20日 23時59分
未来は現在のゴミ箱であってはならない(Obsの記事)
今までの記事との脈絡はありませんが、週間誌 Le Nouvel Observateur の先週号(2008年11月6-13日、通巻2296)に興味深い記事が掲載されていました。スペインの哲学者、Daniel Innerarity (ダニエル・イネラリティ)のインタビュー、Le futur ne doit pas être la poubelle du présent
(未来は現在のゴミ箱であるべきではない)という記事です。「興味深い」というのは、あくまでも自分にとって、です。
Le futur ne doit pas être la poubelle du présent
par Daniel Innerarity
将来と進歩の問題を前に、左右の対立はもはや適切ではない。スペインの哲学者が新たな民主主義的希望を提唱する。
Le Nouvel Observateur. – 未来と進歩の問題に直面して、現在、何が左翼と右翼を区別するのでしょうか?
Daniel Innerarity. – 現代のユートピアが将来を基本的に社会の革新の範囲で考えたのに対して、現在の未来に関するレトリックは、未来を技術革新と拡張する市場の領域に制限したように見えます。未来の敵は、その複雑さを真剣に捉えないで未来を考え、軽率な方法で未来を操作し、その不透明性を尊重しないで未来を計画する人々、反対に、自然派の運動と称するものに快適に身をゆだねる人々です。数多くの未来の最悪の敵に、未来の無防備で予測不可能な性質をいかなる努力を払ってでも中和させようとする人々がいます。
そうであるならば、いわゆる歴史の動きから派生した図式、左翼と右翼を対立させる図式の中で専ら考えられてきた政治的対立を書き直すことが我々には必要です。進歩主義者と保守主義者は同じイデオロギーのスペクトルに属しています。右翼と左翼の反動派がいます。イデオロギー的に決定的なこと、それは今日、運動と現状維持の範囲で定義されることではなく、別の対立を出発点として考えられることです。つまり、未来への運動と、どこにも向かわない運動の対立です。進歩主義は今、未知の未来の輪郭を描くことが可能になる過程が促進される場所、責任のある方法で不確実性が管理される場所を探すべきです。このような場所では、新たな対立が現れます。現用のラベル、議会での位相に便利な分裂を超える、イデオロギー的な相違を生み出す対立です。
N. O. – どの点において、西洋の政治的危機が未来の考慮の欠如に関連しているのでしょうか?
D. Innerarity. – 将来を前にしての我々の倦怠感の起源は、非常に頻繁に、民主主義社会が未来との良好な関係を維持していないという事実にあります。それは、まず、政治制度と文化が一般にはさし当たっての現在に方向付けられているからであり、共同体の将来との我々の関係が希望と計画の次元にはなく、警戒と即興の次元にあるからです。1970年代から、未来は時の話題にされましたが、可能な状況の場というよりも問題を起こす現実としてでした。成長の限界の突然の出現、環境に関するくらい見通しとその危険によって・・・ 進歩思想はそこで危機に陥りました。今日、市民は自分たちを遠い地平へと押しやる者たちを前にして懐疑的なままであり、政治家たちはこの動きにおいて自己満足したままです。
N. O. – あなたはイタリア、ドイツ、フランス、スペインで研究し、教えてこられました。政治危機と未来認識はどこでも同じようなものですか?
D. Innerarity. – 違いは無視できる程度であり、ヨーロッパでは同じ現在の帝国主義が実践されていると私は信じます。フランスでは、現在は抑うつ的な気分をまとい、イタリアでは、皮肉な日和見主義が支配的であり、ドイツとスペインは自らの過去に取り付かれています。しかしどこでも、我々の社会はみな、未来との関係という同じ困難を抱えています。
N. O. – 未来の世代に今日の政治的決定と公的債務の重み、毀損された環境、防御できない年金制度といった、その長期にわたる影響によって担保された世界を伝えることは、受け入れられる責任のあることですか?
D. Innerarity. – この生存者にとっても時間的特権は、別の者が空間的レベルで主張する特権の時間的バージョンに過ぎません。一種の時間的植民地主義です。これら二つの場合において、“我々”というものの中にある共謀は第三者を犠牲にして生じています。空間的植民地主義の場合には“外部”の、時間的植民地主義の場合は“以後”の、我々の偏愛の代償を引き受けることになる、“以後”の第三者の犠牲にして、です。それはまさしく、時間的地平が狭まるときに起こることです。一種の「生者の同盟」が形成され始めています。これは、現在の世代の未来の世代に対する、時限装置付きの真の支配になります。
全ては、我々が未来の時間的領域における一種の非処罰性を享受しているかのように、我々が無責任な方法で時間を消費するか未来の他者から強制収用しているかのように、起こっています。我々は未来に対する不法占有者です。ドイツのエッセイスト、アレクサンダー・クルーゲが言うように、我々は「現在から、他の全ての時間に対する攻撃」を行おうとしています。我々が自分自身の現在のために生きれば生きるほど、他者のものとなるであろう「今」を理解したり尊重したりすることができなくなります。行動の背景が世界の反対側の人々に影響するほどの空間にまで拡がるとき、近くと遠くの人々の未来を条件付けるほどの時間にまで拡がるとき、我々の認識と実践の大部分が根本から見直されなければならないことは明らかです。そして別の言葉で言えば、暗黙の条件付けは、民主主義的なプロセスが独占できるような方法で明白にされなければならないということです。現在の基本的な倫理的で政治的要求はまさに、時間的地平を広げることにあります。未来を現在のゴミ箱、すなわち現在が未解決の問題を投げ捨てて安心する場所と見なすことを止める必要があります。我々は、私的所有、すなわち時間の、世代の所有から、世特に未来の時間の代間の共同的所有に移行すべきでしょう。世代間の相互依存は、社会契約の新たなモデルを要求します。これまでは同時代人の間の義務を規定すると見なされていた社会契約は、我々が全面的に非対称的な関係を維持している、未来の人々に拡大されるべきです。同時代人の間には存在しない、現在と未来の間の根本的な不平等が存在しています。
N. O. – 過去のイデオロギー的幻想に再び陥ることなく共同的な希望を取り戻させるにはどうすべきでしょうか?
D. Innerarity. – 希望、我々の将来との関係を規定するこの人間的な感情は、慰めとなる幻想ではなく、我々の失敗から教訓を引き出すことを頑なに拒否することでもありません。適切な希望は、現実を知ることに閉じこもるほど幻想を助長する楽観論とは区別されます。この理由から、希望が知識と対置されるとき、希望は全く理解されません。逆に、この対置が政治的には致死的であり、現実から遠ざかるほど世に訴えかける欲求にあらゆる変革の力は集中されなければならないという考えを永続させるように私には見えます。事態がこのようのであったら、歴史の悲劇と現実の過酷さを知らない人だけが希望を持つことができるでしょう。我々を絶望から救う唯一のことは行動への逃走であり、楽観主義者は無知な人か、絶望しないために自発的に現実の方針を中止している人ということになります。
希望は、我々に期待を抑制することを教えます。政治制度における慢性的な信頼感の欠如は、体制の能力よりは我々の欲望の肥大に由来しています。政治が英雄的な偉業という威光を剥ぎ取られたとしても、世論に訴える社会計画の救世的ビジョンは少なからず大きな失望か終末的な見通しに変化したでしょう。落胆の背後には、我々が共に生きることを学ばなかった、裏切られた期待が常にあります。これが、政治が英雄後の方法で失望を管理し、開かれた可能性の空間としてそれを理解することを学ぶべき理由です。避けられない失望は、新しい要求と新しい対立を生みます。これらは同じくらいの社会変革の原動力です。確実なことがほとんどなく、多くの可能なことがあると考える楽観論者よりも懐疑主義を私が擁護する理由です。この意味で、「民主主義的な希望」と言うことができるでしょう。
Propos recueillis par GILLES ANQUETIL et FRANÇOIS ARMANET
Né en 1959, Daniel Innerarity est un des philosophes espagnols les plus lus et traduits en Europe actuellement. Son travail se concentre sur l’articulation de l’éthique, de la politique et de la société aujourd’hui. Il est l’auteur de « la Démocratie sans l’Etat » chez Climats-Flammarion et publie cette semaine chez le même éditeur : « le Futur et ses ennemis. De la confiscation de l’avenir à l’espérance politique ».
LE NOUVEL OBSERVATEUR 2296 6-12 NOVEMBRE 2008
http://hebdo.nouvelobs.com/hebdo/parution/p2296/articles/a387449-.html
この Daniel Innerarity 氏は、現在スペインで最もよく読まれている哲学者の一人だということです。
一つだけ同意しない点があるとすれば、左翼と右翼の対立はもはや意味がないようなことを言っている点です。経済に関して、短期的な利益を追求して未来を犠牲にする、「時間的植民地主義者」は、新自由主義、経済極右の側です。これらの勢力は、欧州ではいい加減に勢力を失いつつありますが、日本ではまだまだしぶとく蠢いているし、さらに不思議なことに、その犠牲になるはずの層の中に根強い信奉者が未だに多くいます。
こういう経済極右が消滅し、社会が社会性を回復しない限り、未来は現在のゴミ捨て場とされざるを得ないのでしょう。
作者:
更新日:2008年11月17日 23時48分
オーストリア郵政「民営化」:公共性と競争力の狭間で
11月14日の ラポスト(フランス郵政公社)への郷愁(ル・モンドの記事)
で引用した記事の翌日、11月14日の『ル・モンド』に掲載されたと思われる別の記事を引用します。こちらは、オーストリアの郵政の私有化に関する、La poste autrichienne entre service public et compétitivité
という記事です。
『公的サービスと競争力の間のオーストリア郵政、ロランス・モノー』
Chronique
La poste autrichienne entre service public et compétitivité, par Laurence Monnot
LE MONDE | 13.11.08 | 13h01
VIENNE CORRESPONDANCE
11月12日水曜日、オーストリア郵政の理事会を後退させたのはストライキの脅威なのか、政治的抗議行動の大きさなのか?1300の支部のうち1000を閉鎖し、25000人のポストのうち9000人分を廃止することを予定した、徹底的な再編計画はもう、人員の年次調整としか言わない。
水曜日の理事会は混乱した。9分経って、組合の代表たちはドアを音を立てて閉めて会議室から外に出て行った。前日、交通(・革新・技術)相で将来の首相就任が確実視されているウェルナー・ファイマンは、いずれにしても、自分の予定から議題を空にしていた。政令によって、彼は「郵便網が2009年1月1日から6月30日までに縮小され(てはなら)ない。」と保証していた。
2011年には、郵便物の配達という、郵便の独占の最後の拠点が陥落する。ディ・ポストDie Postは郵便サービスの完全な自由化に備えようとしている。小包、広告、速達の市場は既に競争相手に支配されている。ドイツのヘルメスは、オーストリアの通信販売業界のリーダー、Quelleとの契約を分捕った。多数の小さな会社が広告配信の市場を分け合っている。2006年に半私有化され、その後株式市場に上場したディ・ポストは、現在も株式の51%を保有する国家に管理されている。
株主に対して責任のある経営陣は、企業を市場の自由化の観点で競争力のあるものにするという困難な任務を負っている。経営者は戦略的計画を練り上げるいう仕事をアメリカのコンサルタント会社、マッキンゼーに委ねていた。マッキンゼーは競争力を改善するために、郵便会社の公共的使命を問い直しかねない、明確な削減策を予定している。しかしこの計画は、水曜日、部分的にしか有効にならなかった。
オーストリアの組合は、支部閉鎖の第3の波に少なからず備えている。手紙と小包の配達のための私企業との業務提携の発展に関する理事会による発表は、この方向に進んでいる既に540の地域で、コンビニエンスストア、タバコ屋あるいはガソリンスタンドで手紙を投函したり、切手を買ったりできるようになっている。
郵政の経営陣は、収益の上がらない支店網、したがって未来の競争相手と比較してそのハンディキャップが、数億ユーロに達することを前面に出している。共通の協定で規制されている25000人の郵便局員の給料も、経営陣によると、大きな不利になるとされている。
オーストリアではストライキは最後の窮地の場合にしか訴えられない手段だが、組合側ではストライキの可能性を排除していない。それまで、支店網を維持するために全国的請願が開始された。組合と経営陣は一点について合意しているように見える。今から2011年までの、競争に対する規制の必要性である。
交通相が発した政令は、経営陣に対して6ヶ月間、支店の閉鎖を追加することを制限しているが、いかなる代替策も提示していない。今からそれまでに、郵便配達の普遍性を維持できる合法的な競争に関する規制を確立することは、次期内閣に委ねられている。
Laurence Monnot
Article paru dans l'édition du 14.11.08
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La poste autrichienne entre service public et compétitivité, par Laurence Monnot
LE MONDE | 13.11.08 |
欧州連合では、2009年1月から各国の郵便事業が資本解放されることになっています。
公共事業体のままで私有化される予定のないアメリカは別にして、日本や先日に引用した記事にあるようなフランスのような「大国」と違って、オーストリアのような人口800万人程度の比較的小さな国にはまた別の苦悩があることでしょう。
比較的人口規模の小さい国の事例として、ニュージーランドの大失敗例があります。日本も、欧州諸国も、その大失敗からは結局何も学ばなかったのでしょう。世界中に新自由主義の害毒をばら撒き尽くした米国は、実は密かに学習していたのでしょうか。
フランスの郵政私物化に関するエントリー
ラポスト(フランス郵政公社)への郷愁(ル・モンドの記事) 2008-11-14 02:25
作者:
更新日:2008年11月16日 23時2分
ストックオプションを禁止しる:放火癖のある火消し・ゴールドマンサックス補足
11月13日の 放火癖のある火消し・ゴールドマンサックス(Obsの記事)
の続き、というか、引用した記事に続くコラムが面白かったので紹介します。
Le Nouvel Observateur の2008年10月30-11月5日号(通巻2295)に掲載された、Interdire les stock-options
(ストックオプションを禁止すること)という記事です。
筆者は、同誌の特集で序文を書くことが多い、Denis Olivennes氏です。
Interdire les stock-options
par Denis Olivennes
これは金融理論の基礎的な原則である。借金は無分別なリスクに進む。なぜなら実に単純に、借り手が損失を出しても、現実には何も失わないからである。借り手が「困窮させる」のは債権者である。ここに、現代経済において、信用メカニズムが非常に強く規制されている理由がある。さらにそれは、良い規制でなければならない!金融危機において驚くべきこと、それはこの危機がヘッジファンドや他のプライベート・エクイティーから生まれたのではなく、金融システムの中心、伝統的な銀行、保険会社あるいは不動産抵当融資会社から生まれたということである。したがって、悲劇を引き起こしたのは規制緩和というよりも悪い規制の方である。貧しい家庭が狂った方法で借金することを放置し、古典的な金融機関が「腐った」資産を満喫するのを放置した。これら役立たずの規制の中には、経営者と幹部の金融的扇動に関するものがある。それらはリスクを強度に増大した。最も良い例、またはより正確には最悪の例、それはストック・オプションである。受益者は何も失いようがない。自分の企業の価値が上がったら、自分のオプションを実行して相当な利益を確認すればよい。逆に会社価値が暴落したら、このオプションを実行しなければ十分であり、何も失うことはないはずだ。全面的な無責任である。当然の帰結として、ストック・オプションを禁止すべきであろう。反資本主義によるのではなく、反対に健全で有効な市場経済への配慮によって。経営者、上級管理職とその他のトレーダーは自分たちの企業に投資すべきであり、すなわち、その利益を望むなら、自らもまた株主のリスクを取るべきなのだ。従業員にとっての利益分配、経営者にとっての投資、それこそはるかに合理的な制度である。不健全な経済、それは経営者の無責任の経済である。公正な経済、それは共有されたリスクの経済である。
LE NOUVEL OBSERVATEUR 2295 30 OCTOBRE-5 NOVEMBRE 2008
http://hebdo.nouvelobs.com/hebdo/parution/p2295/articles/a386860-interdire_les_stockoptions.html
短い記事ですが、参考まで。タイトルはちょっと遊んで(?)みました。
ストックオプションに対する自分の憎しみは、金融とは縁のない世界に生きている人間のやっかみだと思っていましたが、究極の無責任という、この制度の本質に対するものだったということで納得しておきます。
こんなことは、別にフランス語の雑誌記事から学ばなくても、日本語の本でもわかることなのでしょうけど。
作者:
更新日:2008年11月15日 23時59分
ラポスト(フランス郵政公社)への郷愁(ル・モンドの記事)
以下に引用するのは、11月13日付の『ル・モンド』
に掲載されたと思われる、Chroniqueです。
一読して、どこかの国の終わりつつある郵便事業を思い出させるものがありました。拙訳では上手く伝わらないかも知れませんが。明日は我が身というより、昨日の我が身というのか・・・ 日ごとに失敗であったという実感が強くなる割りに、解散総選挙の引き延ばし策のせいで、私物化の見直しがより困難になりつつある、どこかの国の郵政の現状に、早くも近づいているように見えます。
『ラポストへの郷愁、ドミニク・ドンブル』
Chronique
Nostalgie pour La Poste, par Dominique Dhombres
LE MONDE | 12.11.08 | 13h45 • Mis à jour le 12.11.08 | 13h45
利用者は顧客になった。窓口係は商品の販売員に変わった。郵便局もどきがフランスの田舎の人気のない場所の真ん中の、最もありそうもない場所に開設された。ラポスト(フランス郵政公社)は既に、かつてそうであったものではないし、これから何年もすると、もっとそうでないものになるだろう。
マリ=ピエール・ジョリーMarie-Pierre Jauryの、率直に昔を懐かしみ、控え目に途方もないドキュメンタリーが11月11日火曜日、フランス5でそのことを物語った。ハエでさえ時代がかって見える、軋む板張りの床のある、町の中心の活気のない郵便局は消える運命にある。郵便市場の競争への完全な開放は2009年に予定されている。この日から、どのような私的な事業者でもフランスで郵便物を集め、配達することができるようになる。それは既に、小包や嵩張る手紙では実施されていた。
2002年からのラポスト総裁、ジャン=ポール・バイイJean-Paul Baillyの任務は、今では企業と呼ばれている郵便機構を、その最後の独占を失うことに備えるために改革することである。当事者や補佐官の誰かが、この変身を誉めそやすのをたくさん聞かされてきた。それは極度にうまく調整された演説である。明らかに、連絡はそこから出ていた。
秘密保持のような伝統的な価値観は、尊重されることになっている。郵便局がスーパーマーケットの中に開設されるとき、どのようにして秘密保持が可能になるのか、誰も良くわからない。全ての人のアクセス?それもまた、維持される!そこかしこで、現存する17000の郵便局のいくつかを閉鎖しなければならないとされる。しかし、何も変わらないと約束され、誓約されている。別の場所に他の郵便局が創られるのである。
それから、需要が変わった。今はもうルイ11世の時代ではない!質問を受けた郵便局員はもっと疑いを持っているように見えた。何年か前から彼らは「顧客」を迎え入れ、微笑みかけ、商品、特に以前なら話を聞くことすらなかった金融商品を提案するように教えられてきた。彼らはむしろ、Livret A(非課税貯蓄性普通預金)、書留郵便、あるいは雪の下のモミの木が描かれたクリスマスカードに慣れていたのである。
こうして彼らは自分を信頼してくれていたおばあちゃんに、絶対的に危険がないかのように紹介された、株式市場へのどちらかといえば軽薄な投資商品を売り込んだ。そしてこれらの商品は誰もが知っているように暴落した。ラポスト総裁が、最新流行のコンピューター、Wi-Fi端末、飲料の販売機を備えたハイテクの新しい郵便局の落成式を行っている間、画面には二つの字幕が重ねられた。「2001年から、公務員の新規採用は消滅した。郵便局員の競争はもはや存在しない」と「2005年、10000人の雇用が削減された。」 郷愁から?もちろん!
Dominique Dhombres
Article paru dans l'édition du 13.11.08
France5 というテレビ局(多分)で放送されたというドキュメンタリー番組を元に書かれた記事のようです。
しかし原文では、文章だけでもかなり真に迫っているように思われました。訳文に反映できないことが残念です。
作者:
更新日:2008年11月14日 2時25分
放火癖のある火消し・ゴールドマンサックス(Obsの記事)
ここのところアメリカ大統領選に関する記事が続いていたので、少し離れます。といっても、またアメリカ合衆国の話題です。
週間誌 Le Nouvel Observateur の、既に先々週号になってしまいましたが、2008年10月30-11月5日号(通巻2295)の金融危機に関する特集の中で、個人的に気に入った、Les pompiers pyromanes de Goldman Sachs
(ゴールドマンサックスの放火癖のある消防隊) という記事です。
Un gourou en campagne
Les pompiers pyromanes de Goldman Sachs
De notre envoyée spéciale à New York
連邦準備制度理事会から財務省まで、この強大な銀行の古参は至る所にいる。金融の世界を最悪の過剰に押しやったモデルを保護して。
放火犯は火を消すのに最も良い場所にいるのか?これは、アメリカ金融の枕元にいる、ジョージ・W・ブッシュの財務長官、ヘンリー・ポールソンが行動するのを見て多くの人が投げかける疑問である。なぜなら2006年5月、この鋭い目つきの大男はまだゴールドマン・サックスを率いていたからだ。ウォールストリーとで最も利益を上げているだけでなく、最も投機的で、最も称賛されているだけでなく最も嫉妬されている投資銀行を。ニューヨーク証券取引所に近い、マンハッタンの南を占めるレンガ色の高層ビルにあるこの会社は、その利益と素晴らしい給料から「Goldmine」(金鉱)とあだ名されている。「Government Sachs」という呼び名を好む者もいる。なぜなら、その同窓生、財を成した後にそこを辞めた銀行家はアメリカの金融行政や中央銀行の司令部に入り込むからである。ポールソンはそもそも、ゴールドマン・サックスが米国に与えた最初の財務長官ではない。ビル・クリントンの財務長官、ボブ・ルービンもまた、ゴールドマン出身だった。世界銀行の現総裁、ロバート・ゼーリックもそうである。フランスでは一般には余り知られていないが、1869年創立のゴールドマンは、かなり強大な力を持っている。元経営陣を使って世界の金融法体系を操作したことで非難されてさえいる。常に同じ目的で。単純に、可能な限り最大の利益を得るために、可能な限り少ない規制。要するに、ゴールドマン・サックスは金融危機の導火線に火を点けたのである。
悪い過程?フランスの古典的な銀行と比較しようとしても無駄である。その収入の大部分は金融市場におけるトレーダーの投機的ポジション、多額の借金によってドーピングされた企業への投資、そして少しずつ減っているが吸収合併における顧問料に由来している。一言で言えば、従業員が呼ぶように「会社」は、ヘッジ・ファンドの最も大きなものになったのである。その自己資本を毎日、証券取引所のカジノの台に賭けている、巨大な投機ファンド。そしてそれはうまく行っている。数年前から、投資銀行ゴールドマン・サックスはあらゆる金融界の流行を世に出してきた。その花形のアナリスト、アビー・コーエンは1990年代にインターネット・バブルに手ほどきした。2001年11月、エコノミストのジム・オニールは、世界的成長の新しい原動力である、BRICs (ブラジル、ロシア、インド、中国)という概念を発明した。エネルギー問題の専門家、アルジュン・ムルティは、2005年春に原油1バレルが100ドルを超えるだろうと発表した。驚くことではないが、この投資銀行は、サブプライムの大破綻によって多くの人々が新たに目にした、精巧な金融商品の全ての最先端にいた。「政府が、全ての人が家を持つようにしなければならないと言ったとき、ゴールドマン・サックスはこのバブルを創り出した」、ある投資家は告発する。ゴールドマンだけではなかったが、そこで最も利益を得たのはゴールドマンである。なぜならゴールドマン・サックスは常に少しだけ先行しているからである。この銀行は他の銀行よりも早く、不動産融資に関連した金融商品の市場が一変することを感じていた。2006年12月になると、財務責任者のデイヴィッド・ヴィニアー(CFO)は、自分のチームに外部へのポジションを軽減するように勧めた。専門のトレーダーから成る小グループは、これら商品の価格低下に賭け、下落を加速して、さらに先を行きさえした。ビンゴ !他の銀行が歴史的損失を記録する一方で、このグループは2007年の税会計年度に86億ユーロという記録的な利益を見せ付ける。
しかしその社長、ロイド・ブランクファインには、勝利をゆっくり味わう時間はなかった。投機バブルの崩壊は余りにも激しくて彼の銀行をも捕らえている。「ひとたび火が点くと、サブプライムの導火線は山のようなダイナマイトを吹き飛ばす。アメリカとイギリスん家計が積み重ねた天文学的な借金だ」、パリ・ドフィーヌとウォートン大学(ペンシルベニア州)の財政学教授、ミシェル・フルリエMichel Fleurietは要約する。9月中旬、競争相手のリーマン・ブラザーズが破綻した後、ゴールドマン・サックスは、財務省が保険会社の巨人AIGを国有化したときに大惨事のすぐ近くを通り過ぎる。二つのグループは共同で多くの市場取引を持っていた。たとえゴールドマン・サックスが良い結果を公表しても、パニックに陥った市場は投資銀行というモデルをもはや信じない。ポールソンは自分の元の勤め先を救済することになる。ゴールドマンが地位を変え、商業銀行に変わるのを認める。リーマンに対しては拒否されたことだった。世界第一の符号で、全米で最も尊敬されるビジネスマン、ウォーレン・バフェットが資本に参加するときに。バフェットは自分が好きな事業銀行を助ける。それはずっと前から彼に助言している銀行である。
今日、元ゴールドマンは危機を管理するための司令部の至る所にいる。銀行支援のための7000億ドルの基金を管理することになるのはポールソンの側近である。彼らは、ニューヨーク連邦準備銀行の鍵となる地位を占めている。ウォールストリートのリスクに関する作業グループを組織する任務にあったのは、これもまた「ゴールドマニアン」の一人、ジェラルド・コリガンである。ドイツの作業チームを指揮する、2006年にゴールドマン・サックスの顧問になった欧州中央銀行のエコノミスト、オットマル・イッシングと全く同じように。「問題を作り出した連中が解決策を提案する第一の地位にあるのは奇妙なことだ」、10月29日、アムステルダムの金融安定化フォーラムの後、あるフランスの大銀行家は怒りに満ちて吐き捨てた。そこで彼はジェラルド・コリガンとすれ違っていたのである。「ゴールドマン・サックスの連中もいるとしたら、恐らく連中が最優秀な消防隊だからだ」、ミシェル・フルリエは控えめに言う。「ポールソンがいなくなったら、連中に仕返しする機会を待とう」、ある銀行家は苦渋に満ちて反論する。
なぜなら、“危機後”après-crise はゴールドマン・サックスにとっても切り抜けるのが難しいからである。2007年、身も心も捧げた31000人の従業員は、平均して47万ユーロを稼いでいた。共同経営者には数百万に達する額であり、最高経営責任者には5200万ユーロに達する!会社は取引総額の半分を報酬として分配する。「そのために、会社の銀行家が45歳で金持ちになり、公共サービスを自由にできるようになる!」、ゴールドマン・サックスに関する本を書いたばかりのチャールズ・エリスは確認する。例えば、ジョン・コージンはニュージャージー州の知事選の運動に出資するために4600万ユーロをテーブルの上に置くことができた。本人は慈善活動に捧げることを希望しているヘンリー・ポールソンの財産は、4000万ユーロを超えると評価されている。彼は非常に良い仕事をしたのだ。政府に入るために、彼はゴールドマン株を売却しなければならなかった。それは最終的に悪いタイミングではなかった。こうした状況で法によって予定された免税の利益を得られた限りにおいて。
将来はもっと暗いと予想されている。既に経済活動の低下のために会社は、人員の10%を解雇しなければならなくなっている。平穏なときには利益を水増しすることを可能にしていた借入の水準も引き下げた。「複数の要因がわが社の収益性において考慮されている」、同社の広報担当者、ルーカス・ヴァン・プラーグは明確に言う。「市場の役割と我々が自社の価格を決める能力は同じく非常に重要だ。」 複数の競争相手がいなくなって、ゴールドマン・サックスは新しい顧客と、ついでに旨味のある手数料を集めることを期待している。これはブランクファインが事態の最新の展開を知らせるために各従業員の留守電に残す口頭でのメッセージで、部下たちに説明していることである。そして危機においても、彼はユーモアのセンスを保とうとしている。元ゴールドマンの最近の会合で、彼はジョン・コージンに光り輝くトースターを贈った。同社が口座を開いた個人客に贈る伝統的な贈り物、吉日とは言えない日々の象徴である。
SOPHIE FAY
LE NOUVEL OBSERVATEUR 2295 30 OCTOBRE-5 NOVEMBRE 2008
http://hebdo.nouvelobs.com/hebdo/parution/p2295/articles/a386859-les_pompiers_pyromanes_de_goldman_sachs.html
次回に続く・・・ と思ったら、今回で終わってしまいました。次回は、この記事の下にあるコラムにします。
規制緩和がもてはやされていた頃(今の日本は「カイカクが足りない」などといって、未だにもてはやされているのか)、「規制緩和」と称するルールブックの変更を促しておいて、自分のために別な利権を手にする連中がいました。オ○ックスの宮内某がその最たるものでしたが、どうやって手に入れたかわからない某社の未公開株でぼろ儲けしたケケ中某などが影で手を引いていたことは疑う余地もありません。こいつらも、放火しておいて消火活動に参加する、放火魔だったかもしれません。放火犯は、火を消すのに最高の立場にあるわけですから。
作者:
更新日:2008年11月13日 23時6分
サンキュー、ジョージ!(ル・モンドの記事)
ジョージといえば、もちろん、ジョージ・W・ブッシュ、アメリカ合衆国現大統領です。
アメリカ大統領選ではオバマ候補の当選に光が当たっていますが、オバマ次期大統領当選に最も貢献した人物への感謝(笑)を忘れてはいけません。もちろん、まもなく任期の終わる、米国史上最低の大統領として歴史に名を残すことになるであろう、現大統領です。
というわけで、世界の人々を代表して『ル・モンド』でお馴染みの、Frédéric Lemaître フレデリック・ルメートル氏がブッシュ現大統領への感謝の手紙を書いて下さいました。
Thank you, George !
LE MONDE | 08.11.08 | 13h31 • Mis à jour le 08.11.08 | 13h43
大統領閣下
親愛なるジョージ
不幸にして、こちらのコラムも含めて、あなたを批判するのに良い感じの時に、逆にあなたへの感嘆の意を伝えることをお許しください。そしてあなたに同情することも。実際、世界で最も強大な男がなぜこれほどまでに理解されていないのはどうしてでしょうか?私は知っています。あなたがそうである信仰は現世の栄誉を軽蔑していることを。数多くの偉人の例に倣って、あなたがずっと前から、ご自分が50年経たないと理解されないと感じていることも、私が知らないはずがありません。あなたの声は聞こえなくなるでしょうが、あなたの業績はこれからもあなたのために語り続けられるでしょう。
私としては、一点の疑いも抱いていません。歴史はあなたを、卑しい同時代人がする以上に正当に評価するでしょう。一部の知識人(あなたが見事にだました、あの「ネオコン」ですね)が、歴史の終わりを診断して害をなしたと信じていたときに、21世紀最初の偉大な革命家がホワイトハウスの執務室オヴァールに席を置いていたことがわかっていませんでした。
大統領閣下、私は賭けをします。これから何年かの間に、もし歴史にセンスがあれば、あなたはアルテルモンディアリストのTシャツのチェ・ゲバラに取って代わってしまっているでしょう。なぜなら、結局、あなたの業績がすばらしいものだったからです!
偉大な指導者はどのような基準で認められるのでしょうか?もちろん、自分の後継を準備する能力です。ところで、あなたがこの8年間に行った政治なくして、バラク・オバマが決して当選したりしなかったことを、誰が否定できるでしょうか?この輝かしい若き人物の真のピグマリオン、それはもちろん、あなたです。それが常に容易であったことはほとんどなかったとお察しします。私は特に、あなたの数々の離れ業の一つを考えます。イラク戦争です。サダム・フセインが保有していたことになっていた、いわゆる大量破壊兵器に関して国連で嘘をつかせるまでに、あなたの国務長官、公平無私のコリン・パウエル将軍を操り、次いでインチキと認められながら、パウエル氏がバラク・オバマと一緒になるために辞任に追い込みました。脱帽です!
世界の目に、これまでごく一部の内情に通じた人しか知らなかったことを見せ付けるために、この紛争を利用しました。アメリカ政府が自らの利害と政治運動に資金提供する影響力のある多国籍企業の利害を混同することになりました。このことは意識しないで通り過ぎそうになった、あなたの大胆さの一部を証言していました。戦争を私企業に雇われて低賃金で働く貧しい人々に下請けに出すことで、戦争をさらに醜いものにしました。いかなる平和主義者も夢見なかったことです。
そして率直に、前任者のビル・クリントンが一杯にした国庫を空にするために、他にどんな手段があったでしょうか?武力衝突を別にして、これだけの短期間で3兆ドルも消費する他の手段が私にはわかりません。その名前にふさわしい、社会保障制度を創ること意外に。しかし明らかに、それはあなたの最終目的に反することだったでしょう。愚かな欧州の社会民主主義者のように、同情などというものに時間を費やすことをあなたは決してしませんでした。
今年、2008年は、疑いもなく、あなたの最高潮の時です!任期満了まで数ヶ月というときに、ウォールストリートを国有化して資本主義を敢えて粉砕しました。あなたほどの才能に恵まれた人でさえ、誰がそんなことが可能だと信じられたでしょうか?いずれにしてもあなたの財務長官、ヘンリー・ポールソンという巨漢のおばかさんは、帝国の心臓とも言うべき、ゴールドマン・サックスの社長職を躊躇せず去りました。あなたのそばで働くために、そして知らないうちに、自分が富を得たシステムを破壊するために。
これらのことだけで、ラシュモア山で4人の最も著名な、しかしあなたの側ではその業績も青ざめてしまうような前任者の側にあなたの彫像が姿を現すことができないという、実にありそうもない場合には、大統領閣下、わが国フランスのパンテオンで極上の場所をあなたに保証するためには、上に挙げた業績で十分なことを知っていただきたい。
そしてもしそれしかなかったら。あなたの傑作が沈黙のうちに通じることになるでしょう。地球を救うことになるあなたの環境のための行動が。その不十分さが明らかにあなたに見逃されなかった文書、京都議定書への署名を拒否することで、あなたは実際にアメリカの市民社会が自ら引き受けることを強制しました。議会がぎりぎりに削減してしまったであろう法律にできたであろうことよりもはるかに有効な方法で。私は告白しなければなりません、当初、あなたの目的が、アル・ゴアのホワイトハウスへの到達を容易にするために悪役を引き受けることだった確信していたことを。
しかし時と共に、クラウゼヴィッツにも値する知性によってパズルのピースがはまってきました。最初の行動、京都議定書への署名拒否は、環境のために各自が行動する必要性についてアメリカ世論(そしてそれ以上に)を動かしました。これは副次的に、4WDが競売にかけられ、かなりの数の質素な乗り物が車庫に入り、あなたの自動車会社が破綻するという形で姿を現すでしょう。第二の行動、イラク戦争は、原油価格の上昇を助け、国庫を空にします。第三の行動、あなたの古くからの共謀者、グリーンスパンが引き起こした不動産危機は、何万ものアメリカ国民を路上に放り出します。より多くの自動車、住宅、さらに間もなくより多くの年金、あなたの後継者が増やさなければならなくなる税金と、おまけに、世界的な経済の後退です。疑いなく、あなたの業績は歴史的なものとなるでしょう。
私にはまだ見過ごせないことが一つだけあります。なぜニコラ・サルコジなどという奴が、あなたが信用をなくそうと努力した世界の資本主義を再建することを目指す11月15日の首脳会談の議長にあなたがなることを、絶対的に望んだのでしょうか?サルコジもまた、何かの賭けを隠しているのでしょうか?
Frédéric Lemaître
Article paru dans l'édition du 09.11.08
『サンキュー、太郎』か何か知りませんが、こういった手紙の日本版を書ける日が、遠くない将来に来ることを望みます。
日本の場合、一人では足りないかもしれません。ジュンイチロー、シンゾー、ヤスオ、タロー・・・ これらに感謝(笑)できる日が来るのかどうか。
作者:
更新日:2008年11月12日 1時17分
オバマ当選が欧州左翼に与える教訓(ル・モンドの記事)
前回の ポピュリズムを拒否するアメリカ(ル・モンドの記事)
に続いて、もう一つ米国大統領選に関する記事を引用します。今回は少し新しく(もありませんが)、11月8日の紙面のものです。
記事中、右翼、左翼という言葉が頻出しますが、日本(や米国)で言う「保守」が右翼、「リベラル」が左翼と読み替えてもいいかもしれません。フランスで言う「リベラル」は右翼なので、多少混乱しますが。
『オバマ、ヨーロッパの左翼にとっての教訓。イザベル・フェルラ』
Point de vue
Obama, une leçon pour les gauches d'Europe, par Isabelle Ferreras
LE MONDE | 07.11.08 | 13h59 • Mis à jour le 07.11.08 | 13h59
この30年間、ヨーロッパの左翼は自問していた。一体、アメリカの進歩派は何をしていたのか?彼らはどこに行ってしまったのか?と。この問いには安心させる作用があった。なぜなら、旧大陸では全てがはるかにうまく言っていたからである。マルクスを最後まで読んだことのない、哀れな新大陸とは反対に、強固に根付いた労働者、社会主義者の「真の伝統」があった欧州大陸では・・・ そして、そこかしこで自党を権力の座に送り届けるまでに活力を与えられ、容認された組合組織を持った欧州の左翼は・・・そしてもし歴史が、旧大陸の左翼のための歴史よりもっと複雑で、魅力の無い些細なものだったら? そしてアメリカの政治シーンがヨーロッパの左翼の熟考を助けていたら?
アメリカ合衆国で何が起こったのか?1930年代の大恐慌の後、健全な経済を構築するために国家が重大な役割を果たさなければならないという考えが認められた。ケインズ主義的な経済学説に基づいた、欧州人が呼ぶような社会民主主義的妥協は、こうしてアメリカ連邦国家レベルでの課税、公的支出と強力な再分配機能を正当化した。国家のこの重要な役割は、特に、1933年から1936年のフランクリン・ルーズベルトのニューディール政策の実施と成功のおかげで広く認められることになる。
この劇的な時代はアメリカの右翼の精神に深く痕跡を残す。右翼は思想の闘いを開始し、以後数十年続く、知的で戦闘的な作業を始める。これはヘリテージ財団(1973年)やカトー・インスティテュート(1977年)より前に、アメリカン・エンタープライズ・インスティテュートの設立(1943年)を生み出すことになる。「攻撃的な」国家防衛と組み合わされた、「限定された政府」、何よりも個人の自由、制約なき企業の自由、アメリカのナショナリズムの思想を奨励する、右翼のシンクタンクのピラミッドである。
これら反動的シンクタンクは、次第に強固になったメディアとの連携により共和党の政策スタッフと支持者の全体に影響を与え、ロナルド・レーガンからジョージ・W・ブッシュに至る共和党の選挙での成功に寄与する。アメリカの左翼が1970年代の初めに、砂漠を横断する長い旅を始めるとしたら、それは30年早く政敵が始めていた努力が身を結んでいたからである。新自由主義者と新保守主義者の同盟によって行われたイデオロギー的な巻き返しは、当時、堰き止めるには余りにも強大になりすぎていた。
バラク・オバマ候補の計画は、イデオロギーの覇権の歴史の鏡に写した遺産である。10年前、シカゴの有権者の前に現れたとき、オバマはアメリカ民主党員の中で最も進歩主義的な少数派に支援されている。彼は当時のイデオロギー上のメインストリームとは反対の行動計画を擁護する。強化された社会保障、教育と医療に対する公共投資、とりわけ企業における組合の代表、などである。確かに、今日、アメリカ全体に語りかける彼の演説はいくらか角が取れている。しかし根本的なことは持続している。アメリカ右翼の教条に反する、再分配的、産業的な役割を演じる能力における、再建された公権力の機能という理論である。8年前と4年前、民主党候補アル・ゴア、次いでジョン・ケリーは、このような原則を敢えて明確に言うことはなかった。
今日、アメリカ国民は経済を立て直すために、ジョン・マケインではなくバラク・オバマを信頼している。それはイメージの問題だろうか?素晴らしい瞬間に感動的な微笑を取り出すことができた候補だからか ?確かにそれも重要である。しかし、状況の転換はアメリカ左翼がずっと前から準備していたイデオロギーの逆転に由来している。
というのは、欧州の左翼を心配させたこの何十年かに、アメリカの左翼は何をしていたのか?保守的思想の攻撃から教訓を引き出していた。共和党の政策の身軽にしたバージョンの写しとは最終的に異なる民主党の計画を明確にするのに好都合な状況を準備していた。巨大な作業に少しずつ懸命に取り組んでいた。右傾化した民主党と急降下する組合加入率の間で窒息していた活動組織を再編成していた(1970年のAssociation of Community Organisation for Reform Now創立と、1998年のMoveOn.org、2003年のWorking Americaの創立による)。
アメリカの左翼は、主要な制度の困難な状況下で民主党を左に推し進めていた(1992年のNew Party設立と1998年のWorking Families Party設立)。最後に、州レベルでの政策提案の的確さを証明し、特別な地域での勝利を画すことで、その名にふさわしい社会民主的計画を再建していた(例えば、Center on Wisconsin Strategyと共同で、ウィスコンシン州の雇用プールにおける職業資格取得のための調整)。
結局、2000年のジョージ・W・ブッシュの権力獲得による心的外傷の後、共和党支配がかつてないほどに不朽のものに見えたにも関わらず、左翼は自らのビジョンを懸命に組み立て、伝統的な境界線を越えた、新しい連合を集めていた。地方や全国の議員、組合運動、環境保護運動、あらゆる宗派の教会、グリーン・ビジネスのリーダーたち、進歩的な研究所、学生運動・・・ 2001年9月11日の襲撃の後に考案された、Apollo Alliance(アポロ同盟)計画はその象徴的な事例である。
テロリズム・環境破壊・産業の雇用の国外移転という、ブッシュの方程式に対して、アポロ同盟は答えた。石油とテロリズムの国に対する独立・環境保護と再生可能なエネルギー・国外移転不能で組合化された工業とサービスの雇用、と。
今日、Joel RogersとRobert Borosageとともに、アポロ同盟の創始者であるDan Carolがバラク・オバマのdirector of content and issus(計画と争点のディレクター)になるとしたら、偶然によってではない。
民主党候補の力は今、この長い準備作業にも由来している。明らかに、金融危機はこの熟成作業を加速した。明らかに、バラクとミシェルのオバマ夫妻のカリスマ性には大きな違いがあった。しかし、アメリカの左翼の熟考と提案と同盟の辛抱強い作業がなかったら、民主党候補の信頼性、信じられる能力が何かを誰が言うことができるだろうか?
自らに問題を課さなければならないのは欧州の左翼である。なぜなら、1970年代にアメリカの左翼が陥っていたのと同じ、イデオロギーと政策の弱体化の状態に陥る恐れがあるからである。
政治的勝利は長い時間をかけて準備させる。構成員を集め、一貫性のあるビジョンを構成し、具体的で野心的で誰にでも理解できる提案を表明し、地方での成功によって自らの真剣さと有能さを証明すること。それこそが、今日期待された勝利に貢献したのである。そして、一度だけならいいだろう、ヨーロッパの左翼がアメリカから着想を得るとしたら・・・
Isabelle Ferreras est professeur à l'Université catholique de Louvain, senior research associate, Labor and Worklife Program, Harvard Law School.
Article paru dans l'édition du 08.11.08
欧州の左翼だけでなく、日本の「リベラル」(日米の用語で)や社民勢力にとっても教訓となるかもしれません。
社会民主主義勢力が壊滅状態に近い日本は、本来の多数派のための政権が誕生するまでにはそれこそ長い時間が必要になるでしょう。その頃まで自分が生きている可能性は率直に言ってありません。せめて子供の世代には、生きていて良かった思えるような「社会」であって欲しいと思います。そのためにも、米国の左翼が要した時間、これから欧州左翼がしなければならない努力を、日本の民主主義を擁護する側も開始しなければならないでしょう。ことに、上の記事の基準では右翼どころか、アホでマヌケな知的にチャレンジされた極右に支配されてしまっている日本では。
【追記】
日本の状況にやや絶望的になっていましたが、考えてみれば、日本の「左翼」(フランス的な言い方で)にも、オバマ新大統領のような人物がいました。社民党の保坂展人衆議院議員です。衆議院議員に初当選してから十数年、地道に、かつ精力的に活動しています。長い時間を要する辛抱強い作業を、既に相当こなされていると考えられます。次期衆院選では、東京8区の石原某の「右翼ポピュリズム」を打破されることを期待します。社会が社会として機能する時代が、自分が生きている間に再び訪れるかもしれないという、僅かな希望のためにも。
保坂議員のことを思い出したのは、以下の記事のおかげです。
広島瀬戸内新聞ニュース: 記事紹介:「日本のオバマ」保坂展人氏を首相に押し上げ、「日本のチェンジ」を実現しよう!
「教訓」として指摘されるまでもなく、既にするべきことを実行しつつある保坂議員には敬意を表します。
作者:
更新日:2008年11月11日 1時41分
ポピュリズムを拒否するアメリカ(ル・モンドの記事)
再びアメリカ大統領選に関連する記事を引用します。
オバマ氏の当選が気に入らない勢力の中には、今回の選挙結果を「ポピュリズム」と言いたがる向きがあるかもしれません。しかし、今回の結果は逆に、米国の有権者の多くがポピュリズムを拒否した結果であり、ポピュリズムはブッシュ政権の方だったというのが、今回引用する『ル・モンド』の記事です。
Wikipedia での定義とは異なるかもしれません。ここでは、知的なものを軽蔑して大衆に迎合するものを、ポピュリズムと言っています。「右翼ポピュリズム populisme de droite」という言葉が頻出します。
古くなってしまいましたが、11月8日の ステレオタイプの破壊者としてのオバマ(ル・モンドの記事)
で引用した記事と同じ紙面に掲載されたものと思われます。
『アメリカはポピュリズムを拒否する、エリック・ファサン』
Point de vue
L'Amérique refuse le populisme, par Eric Fassin
LE MONDE | 06.11.08 | 13h20 • Mis à jour le 06.11.08 | 13h20
バラク・オバマの当選は今、右翼ポピュリズムの失敗を意味している。何年も前から、共和党員はそれでも最終兵器を保有していると信じていた。エッセーストのトマス・フランクリンはそのことを力を込めて断言する。そして2004年の選挙は彼を正しいとするために行われたように見える。最大多数の客観的な利害に反して、富裕層のための政党が最終的に過半数を獲得したのは、文化的ポピュリズムを利用してである。
実際共和党は、民主党のものとされる文化的エリート主義に、大衆的と見なされる有名な価値観を対置して階級の経済的論理を超えて結集していた。宗教的価値観はもちろん、中絶の権利と同性婚に反対し、さらに銃火器のあらゆる統制に反対する、より世俗的な価値観である。多くの民主党員は、ヒラリー・クリントンに倣って、価値観の領域では右翼の後を追わなければならないと結論したのだった。
ところが、予備選での成功の後、バラク・オバマの合衆国大統領選での当選は、これらの見せかけの証拠をひっくり返したばかりである。それはもちろん、かなりの部分で、経済のおかげである。金融危機が差をつけたのだ。民主党はこうして、ブッシュ父が再選に失敗した、1992年の教訓を再発見する。選挙運動中、直近の湾岸戦争での勝利は、今日のイラクでの冒険の不測の事態ほどの重みを持ってはいなかった。
反対に、共和党大会の際、党の右翼は二つのアメリカの間の「文化の戦争」を振りかざしていた。一つは道徳的な、もう一つは不道徳なアメリカの。しかし、既に愛人関係で痛めつけられていたビル・クリントン候補は、この極右にまで行き着くポピュリストの十字軍を押しやって、状況を自分の有利なほうに転換していた。民主党を中心に戻すだけでは満足せず、彼は議論を別の領域に移し変えた。当時は景気後退の脅威があり、彼は闘いの場を間違えないように呼びかけた。そこから有名なスローガンが出てくる。「肝心なのは経済なんだよ、馬鹿者!」
しかしそれだけではない。共和党のポピュリズムは、多くがそれでも大衆階級に属する黒人を決して惹きつけることはなかった。彼らは大勢が民主党を支持するのにバラク・オバマの登場を待たなかった。別の言い方をすれば、このポピュリズムは白人の大衆層向けのものである。実際、共和党が勝利を築いたのは白人においてである。この有権者のおかげで南部を持続的に共和党の地盤に転換して、民主党に公民権への支持の代償を払わせた、リチャード・ニクソンの 「Southern Strategy 」以来、これは真実である。1980年代、特に黒人に恩恵を与えるように見えた福祉国家を拒否して民主党から鞍替えして共和党の勝利を確実にしたブルーカラー、「レーガン・デモクラッツ」以来の真実でもある。ニクソンの「静かな多数派」からレーガンの「道徳的多数派」まで、少数民族への敵意はこうしてアメリカの右翼に成功をもたらした。
この白人のポピュリズムはオバマの政敵に最終兵器を提供できていた。共和党員にとって、人種カードを振りかざす必要はほとんどなかった。オバマ候補の色は言うまでもなかった、だれもそれを忘れることができなかったし、そのカードを切る必要がなくても彼の意に反して作用することが期待されていた。世論調査の結果で、ジョン・マケインの陣営が人種主義者と見られるのを承知で暴走の徴候を示したのは最近になってからである。バラク・オバマという人物は本当は「我々と同じ」ではない(彼がイスラム教徒であった、さらにはテロリストであった、いずれにしても余りアメリカ人的でないと仄めかして)と示唆すること、それはほとんどの場合に暗黙に留まっていた人種の争点を明示することだった。それまでは「普通の」アメリカ人に話しかけていただけでは不十分だったのか?なぜなら、コリュシュ以来、「普通の」は「白い」という意味であることを誰もが知っているからである。
選挙結果は今、最終兵器ではないことを証明している。事態は今や知られている。民主党候補は経済のおかげで、彼の肌の色に関わらず当選したのである。「私は黒人に投票する」、眉をひそめることなく、年老いた白人がこの状況下で断言する。そして、それでも別の仮説を提示するために見方を変えるなら、バラク・オバマは肌の色に関わらず当選した、というだけではなく、そのおかげで当選したと言えただろうか?
共和党の文化的反エリート主義は結局、黒人候補を前にして、その真実だけでなく、その愚かさも暴露して終わった。それは階級以上に、人種を問題にしていた。ところが、そのエリート主義を理由に黒人の信用を失わせることは、少なくとも逆説的である。「貧困の文化」のためではなく、学業が彼らを余りにも教養豊かにしたから。彼らが上手く話せないからではなく、余りにも上手く話せるという事実によるのは。破壊的な皮肉を込めた、アニメ『サウス・パーク』の一つのエピソードを思い出してみよう。その中では、白人の住民が黒人を街から追い出す。彼らの肌の色ではなく、彼らのエリート主義が理由で・・・
その上、知性が逆説的に、そう名づけることなく人種問題に言及するための符号化された言語になっているとしたら、そのことは逆に、共和党支持の白人を愚か者の役に閉じ込めることになるのではないか?従って、なぜ配管工ジョーという人物が共和党に通じたかが理解される。怒りに満ちた白人の現実的なアメリカを体現すると主張したおかげで、彼は小市民のへつらわないイメージを投げ返していた。
さらに、サラ・ペイリンが女性票を獲得することには成功しなかっただろう。地方の美人コンテストの女王という容姿と巨獣を狩る情熱を組み合わせて、この屈託ない人物は特に、女性が知性のなさを曝け出せば出すほどその女性を好むという男の幻想を現していた。選挙運動において滑稽さが決定的な位置を占めていたとしても偶然ではない。共和党は結局、その物真似師のパロディーと混同されて終わった。
男性も女性も、白人の有権者はこの戯画的なコマの中で自らを認識したいと思っているだろうか?「白人らしさ」blanchitéを「愚かしさ」stupiditéと韻を踏ませることがそれほど望ましいことだろうか?2008年の選挙は今や、逆に「オバマ・リパブリカンズ」(レーガン・デモクラッツの逆)が存在することを示唆している。敗北を間近にして、共和党陣営では保守主義者が知性の独占、それによってエリートの支持をも、民主党側に譲ってしまったことを心配する声が聞かれた。ボボズbobosという言葉の発明者、デイビッド・ブルックスでさえ、反エリート主義の風刺を楽しんでいない。
要するに、ポピュリストの右翼によって長い間周縁に追いやられていた古典的な保守主義者は、既にエリート主義に対する自らの郷愁を表明し始めている。共和党は、ずっと前から自らを担ってきた、しかしその政策を、少なくとも失敗に陥れるまでに押し付けてきた、文化的ポピュリズムを再考しなければならなくなる。
右翼のポピュリストは、知性の政党に対して勝利を築いてきた。それは、無知の偶像、ジョージ・W・ブッシュが完璧に体現している選択である。その後継者バラク・オバマは、知性という賭けにおいて勝利を打ち立てた。オバマはこうして我々に、1992年の勝利の標語に、確かに二つの言葉があることを思い出させる。「肝心なのは経済なんだよ」、確かに、しかし乱暴な言葉が重要でないわけではない、「馬鹿者!」。白人のポピュリズムに対して、最初の黒人大統領は知性に政治色を再び与える。
Eric Fassin est sociologue et américaniste, Ecole normale supérieure.
Article paru dans l'édition du 07.11.08
知的なものを軽蔑するという態度は、比較的最近まで頽廃した先進国に特徴的だったように思います。
ブッシュを当選させたアメリカ、サルコジを当選させたアメリカ、国民が選んではいないけど、政権発足直後のアホな知的にチャレンジされた首相たちに不当に高い支持率を与えてきた日本・・・。中でも、サルコジはまだしも知的な部類に入るでしょう。イタリアのベルルスコーニなんてのもいますね。
知的なものを軽蔑して大衆に迎合するなんてのは、アホだ知的にチャレンジされているけど「いい奴」だったブッシュに典型的に現れています。
日本のマンガを読むことが悪いわけではありませんが、「マンガしか読まない」と豪語するヒトが首相というのは、情けない話です。マンガ以外の新聞は雑誌は、振り仮名がないから読めないのかもしれません。こういうのがまだ二桁の支持を集めているということは、上の記事でいう「ポピュリズム」じゃないのかといいたくなります。
アメリカがいつ頃から知的なものを軽蔑するようになったのか知りませんが、日本では明らかに80年代初頭からありました。腐痔テレビとやらが振りまいたネクラなどという言葉によって、知的なことに努力する姿勢をあざ笑うようになったのはこの頃からです。延々と20年以上もそのような風潮が続き、「振り向けば12チャンネル」だった弱小局の腐痔テレビが視聴率トップを続けるなどとは当時、夢にも思いませんでした。
20何年か後には自民党に二世、三世議員が蔓延して、つまりアホな知的にチャレンジされた政治家ばかりになるから、知的なことを軽蔑する風潮を作るために御用テレビ局を利用して国民を洗脳し始めた・・・・・のだとしたら、当時の政権の深謀遠慮ぶりには頭が下がります。そんなわけないでしょうけど。
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更新日:2008年11月10日 23時59分