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トップ > ip > ip - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年12月3日 10時)

ひとり暮らし

訳あって現在一人暮らしをしている。
結婚前、10年以上ひとり暮らしをしていたので特に問題もないと思っていたのだが、甘かった。
まず部屋が寒い。
ペアガラスの防寒になれた体には冷え込んだ朝が辛い。フローリング(というかただの板の間)に直座りするので余計寒い。敷布を畳んで座布団の代わりにする。
天気の悪い日は、流しからなんだか下水の匂いがする。これは消臭剤代わりにリンゴを買って部屋に置いてよしとする。食べられるし。ビタミンCも補給できるし。
洋服類はエアコンのパイプにかける。かけるのだが、帰ってみると重みに耐えかねてか、まとめて下に落下していたりする。
ジョギングから帰って汗でぐっしょり濡れたTシャツは、シャワーを浴びた時に一緒にお湯で洗ってベランダに干す。割と近くにコインランドリーがあるのだが、洗い物の量が少ないし、かといって洗い物が貯まるまで待っていると汗でびしょびしょのTシャツだけが1週間も放置されることになってしまう。なので手洗い。
昨日、ジョギングの帰りに24時間スーパーでお総菜を買い、帰ってさあ食べようとして箸がないのに気づいた。コンビニで貰った箸くらいないかと探したが、ない。コンビニも近くにない。途方に暮れていると、箸があった。
ゴミ袋の中である。
数日前カップ麺を食べた時の割り箸だ。
透明ゴミ袋を開けて割り箸を取り出し、熱湯で洗ってタオルでごしごし。
では、いただきます。

エコだね。


作者:紅灯

更新日:2008年12月3日 20時52分

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主のいないパーティ

土曜日、江口司さんの出版記念パーティが開かれた。
現代書館から出版された「柳田國男を歩く―肥後・奥日向路の旅」だ。
江口さんは今年3月に不運な事故で亡くなってしまったから、遺著ということになる。
元になった原稿は、以前に熊本日日新聞に連載されたものだ。出版を希望していた江口さんの遺志を継いで友人や家族が編集を続けた。一時は断念せざるを得ない状況だったとも聞いたが、Hさんらの粘り強い仕事でついに出版にこぎ着けた。
出版記念パーティというのは普通は賑々しいものだが、今回はやはりいささかしめやかだった。
「江口司さんを語ろう会」という名前の通り、みなさんが江口さんの思い出を次々に話した。
司会を務めたのは陶芸家のYさんで、会が終わった後「お疲れさまでした」と声をかけると「いや別に」と照れくさそうに笑っていた。
遺稿を丹念に探し出して整理したHさんは、この日も事実上の幹事として会場を仕切っただけでなく、放送作家という本業を存分に発揮して、素晴らしい会の演出を担当した。一番忙しかったはずなのに、私を見つけると足を止めて声をかけてくれた。
一番祝福を受けるはずの江口さんはいなかったけれど、江口さんを思いやる人たちが懸命に作った、あたたかなパーティだった。

作者:紅灯

更新日:2008年11月30日 21時14分

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走るって楽しいのだと初めて知った

家の近くに新しいスポーツジムがオープンした。
今通っているジムに相当不満がたまっていたところだったから、一も二もなく見学&入会。
ビルそのものが新築だけあってきれい。マシンも最新型だし数も揃ってる。プールもぴかぴか。
なにより、温泉付きなのだ。露天風呂まである。サウナもあるしコールドミストもある。
これまで週に一度くらい仕事場の帰りに温泉に寄っていたけれど、これからはジムに通うだけで済む。うーむ、これでジム通いの頻度が高くなりそう。
長らくプール専門だったのだけど、いきなりスタジオのマスターズクラスに半年ほど通って強引に脚力を付け、少し走れるようになったのだ。
これまで少し走ると膝が痛くなっていて、スタジオのマスターズクラスでも最初の1か月くらい痛くて「こりゃだめだ、もうやめよう」と思いつつも続けていたら、3か月ほどすると痛みも消え、普通に走れるようになっていたという次第。
そうなると今まであきらめていた分、走るのが楽しい。まともに走った記憶は高校の頃くらいなので、少し慎重に時速8キロくらいで(まあ、走ってるとは言えないけどね)どれくらい走れるだろうとやってみたら、あっというまに3キロ走れてびっくり。1キロ以上なんて別世界の話だと思ってましたから、私。人生で1キロ以上走ったのは初めてじゃないだろうか。
昨日もラン3キロ&スイム1キロ。
若干膝に痛みがあるのが不安だけど、しばらく楽しめそう。

作者:紅灯

更新日:2008年11月23日 19時32分

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更新日:2008年11月23日 19時32分

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スケジュール管理進化論

アナログ手帳の良さの話をしたばかりで恐縮ですが、PCのスケジュール管理の話。
この前買った手帳はスケジュール帳ではなくて罫線が引いてあるだけのメモ帳で、紙の手帳は結局これに尽きる。これまでは新潮社の「マイブック」を使っていたんだけど、あれは少しばかり大きくて重い。
常に持つものっていうのはちょっとしたことが気になります。ほんのちょっとの使い勝手で使わなくなったり。
スケジュール管理っていうPCの機能も同じで、最も古く最も難しい課題のような気がする。一般向けのPCが登場した十数年前「これでスケジュール管理の悩みはなくなる」って随分言われたけど、全然なくなってない。私もずいぶんスケジュールソフトに頭を悩まし、モバイル用のノートPCやパームなんかのギア類に投資した。
中でもpalmは相当長い間お世話になってかなり満足していたんだけど、携帯の高機能化やなんやかやで結局姿を消してしまった。クリエを展開したソニーが多機能を盛り込みすぎて携帯には不向きなくらいデカくて重くしたのもパーム離れを進めちゃったのかもしれない。

macに乗り換えてからは、mac標準のicalを使っていた。これはこれでいろいろ問題があるんだけど、ひと手間かけると携帯とシンクロできるのでかなり便利だった。ただ、シンクロするのに数分かかって少々ストレスがあるのと、何より私の携帯は最大300件までしかスケジュール登録できないことが判明。これはないよなあ。「スケジュールがいっぱいです」とエラーメッセージが出たときは何かの間違いじゃないかと思った。よく見ると、過去のスケジュールを一括消去する機能があるんだけど、スケジュール帳というのはこれからの予定だけじゃなくて過去の予定のアーカイブスも大事だと思うんだけど。それとも世の中の人ってそんなに前だけ向いて生きてるの?
だから携帯から過去のスケジュールを消すとmac上からも消えることに。シンクロ良し悪し(涙)。

そういうわけで最近抜本的見直しを迫られ、今更ながらGカレンダーを導入。
Gカレンダーとicalを同期させるのはシェアウェアが必要だったのだけれど、7月の末頃、GoogleがCalDAV対応になって、何も買わなくても同期が可能になったというのを聞いてやってみました。
やってみると設定はものすごく簡単。ical側のアカウント設定を必要なカレンダー分だけ追加してやるだけ。ホントにそれだけ。
で、「Gカレンダーは携帯からアクセスできるはずだから……、これなら今までとほぼ同じように使えるかな」と思ったら、携帯からは参照しかできない!

パソコンのスケジュール管理の最大の問題はここ。PCでスケジュール管理ソフトを使っても、スケジュールというのはいつ追加されるかわからない。バーで飲んでるときに(無粋だけど)仕事の電話がかかってくるかもしれない。そんな時ノートPCいちいち開いていられない。結局パームや携帯を使うか、紙のスケジュール帳を併用することになってしまう。
なのに携帯からは入力できないなんてグーグルのわりにしょっぱいなあ、と思ってたらありました。
ものすごく便利なので有名だと思うんだけど、あんまりまわりでは知られていなかったので紹介しておきます。もちろん、ウィンドウズ使っている人も使えます、当たり前だけど。
「Google Calendar Mobile Gateway」
これを使うと、スケジュールの入力、編集はもちろん、表示もとても見やすいし、カスタマイズも可能です。おまけにGoogleのAuthSub認証を使ってるので、Gメールを携帯で確認するときのようなGoogleのID・パスワードを確認する手間も必要なし。サクサクとアクセスできます。
うーん、感動。

で、現在の私のスケジュール管理は、「Gカレンダー」と「ical」(自宅+仕事場)と「携帯」と「ipod」が本人も気づかない間にシンクロされています。
「とりあえず手元にあるもので確認&メモできて、データを同期させる手間が要らない」という私のスケジュール管理の理想に少し近づいたかな。

作者:紅灯

更新日:2008年11月9日 16時50分

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手帳の手ざわり

きのうサントリーの広報の人と飲む機会があり、いろいろ楽しい話を聞いたんですが、そのうちになにやら紙袋を取り出した。
「紅灯さん、いい手帳、買ったんですよ」
言いながら2冊の手帳をカウンターに並べる。
内ポケットにすんなり入りそうないいサイズ。それぞれベージュとモスグリーンの上品な色。
「触ってみて」と促されるままに取り上げてみると、指先に少しばかり引っかかりながらもすらりと滑る気持ちいい感触が残る。思わず「あ、これ」と声が出る。
「でしょ、でしょう」と嬉しそうなサントリーのAさん。
「麻張りなんですよ、これ。今時なかなかないですよ」
うーむ、うらやましい。というか欲しい。だけど東京ならまあこんなのも手にはいるよな、と思いかけて「うん?」と気づく。今日買ってきたということは──。
「そうですよ紅灯さん、並木坂にある老舗の文具店で売ってるんですよ」
並木坂の文具店。創業明治39年、近藤文具店といえば、私の仕事場のすぐ近所ではないか。
「えー、こんなの売ってるの?」
どっちが地元かわかりゃしない。
訊くと、出張に来るたびまとめ買いしていくという。一冊600円。安い。
さっそくきょう私も買いに行きました。地元としては悔しいけど、欲しいんだもん。
明治からそのままのような(わけはない、と思うが)店内は、今時の文具店とは全く違う。和紙の便せん各種が平台で陳列してあったりする。ざっと見渡しても見つからないので、店の方に訊くと「ああ、麻のね。これです」。レジ横にありました。やっぱり人気商品なのかな。
Aさんがきのう2冊買っていったので、のこり3冊くらいしかなかったんですが、「最近値上げしたんだけどね、こっちのは前の値段で売ってたやつだから前の値段でいいよ」と550円で売ってくれました。Aさんごめん。
それにしても、今時自前で手帳を作っている「町の文房具店」って、どれくらいに減ってしまったんだろう。

作者:紅灯

更新日:2008年11月7日 17時43分

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更新日:2008年11月7日 17時43分

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世界の闇の中から

映画「ノー・カントリー」をみて、原作のコーマック・マッカーシー「血と暴力の国」を読んだ。
「ノー・カントリー」は去年のアカデミー作品賞を受賞した話題作だが、近年のアカデミー作品としては出色というべきだろう。
コーエン兄弟の作品らしい静かな緊張感が全編を覆う映画だけれども、後半がらりと雰囲気が変わるところがあり、ちょっと理解に苦しんで原作を買い求めた。

ストーリーは単純だ。
荒野の真ん中で男が大金と麻薬と死体と死にかけているメキシコ人に遭遇する。
男は金を持って逃げることを決意するが、組織に雇われた「異常な」殺し屋が男を追う。その二人の足取りを実直な老保安官がたどる。
ただ、このストーリー自体に余り意味はない。要は、「この国」に生きると言うこと、現代のアメリカ社会で生きていくと言うことはどういうことなのかをバイオレンスと愛情とにまみれながら描いていく。
映画はビリビリした緊張が息をつくことのできない人生のあがきを感じさせるし、原作の方は徹底して即物的な描写だけをつなげながら詩情というしかない筆致で登場人物たちの人生を描き出す。
映画も素晴らしかったが、原作の素晴らしさはそれ以上だ。全くタイプは違うが、初めてアービングを読んだ時を思い出した。こんな小説があるのかと、今までマッカーシーを読まなかったことを後悔した。
物語の終盤、殺し屋が男の妻を「無意味に」殺そうとする場面を引用してみる。

「カーラ・ジーンは最後にもう一度シュガーを見た。こんなことしなくていいのに。こんなことしなくていいのに。こんなことしなくていいのに。
 シュガーは首を振った。おまえはおれに自分を弱くしろと頼んでいるわけだがそれは絶対にできない。おれの生き方は一つしかない。それは特例を許容しないんだ。コイン投げは特例を認めるかもしれない。ちょっとした便宜を図ってやるために。ほとんどの人はおれのような人間が存在しうるとは信じない。ほとんどの人にとって何が問題かはわかるだろう。自分が存在を認めたがらない者に打ち勝つのは困難だということだ。わかるか?」

そしてまた別の場面。老保安官に、さらに歳を取っている叔父が語りかける。

「だからおれはいつも同じことを考える。なぜみんなこの国にはうんと責任があると思わないんだ?でも思わないんだな。国ってのはただの土地だから何もしないとも言えるがそんな言いぐさにはあんまり意味がない。わしは以前ある男がショットガンで自分のピックアップ・トラックを撃つのを見たことがあるよ。トラックが何かしたと思ったんだろう。この国はあっさり人を殺しちまうがそれでもみんなこの国を愛してるんだ。わしの言ってることがわかるかね?
 わかる気がしますよ。叔父さんはこの国を愛してますか?
 そう言っていいだろうな。しかし言っとくがこのわしは石ころを詰めた箱みたいに無知だから言ってることは真に受けんほうがいいよ。」
会話の「」と読点がまったくない文体が体にしみこんでくる。素晴らしい。

この作品の正確なタイトルは「no country for old man」だ。「老人の住む国にあらず」アメリカ。
きわめて厳しく生きづらい国でうごめく必死の人生がこれでもかと語られるこの物語は、闇の中で微かに、ごく微かに灯る希望の火のようなものを暗喩して終わる。

アメリカという国が、厳しさ生きづらさを世界にまき散らした8年間がやっと終わる。
その先に微かな希望があるのかどうか、少なくとも今は期待を持ってバラク・オバマをみていたい。

作者:紅灯

更新日:2008年11月5日 22時44分

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血液型で見る振り込め詐欺と大統領選

三連休最終日、相変わらずぶつぶつと仕事しつつTVを横目で眺めていると、「アサデス」でちょっと面白い実験をやってました。
「アサデス」っていうのは、九州朝日放送が毎朝放送している若い主婦層がターゲットの情報番組で、九州限定。
血液型がどうこう言っていたので、「またか」とうんざりしてチャンネルを変えようとしたら、なんだか様子がちょっと違う。
最初に道行く人や番組出演者に「血液型性格判断を信じますか?」と問いかけ、そのうち「信じる」と答えた人に質問する。例えば、「O型」と答えた人には「これがO型の特徴!」と題してO型の特徴をいくつか記したボードを見せて「いくつ当たってますか?」と聞く。でも実はこれ、本当は他の(この場合はO型以外の)血液型の特徴とされる項目を集めたもの。
ところがボードを見た人は「あ、当たってる!」と口々に○を付けていく。
この結果、実に100パーセントの人がボードを見て「当たっている」と回答したという次第。
ここまでならなんとなく聞いたことがあるようなテストだけど、さらに番組では、実験に協力した人に「実は嘘でした」とネタばらしをしたあとで、もう一回最初の質問をしたんです。
「それでも血液型性格判断を信じますか?」と。

驚くなかれ、結局実験の前と後でほとんど差は出なかったんですな。「信じる」と答えた人の数はほとんど減らなかったんです。
血液型占いが当たっていないということを身をもって経験したのに(それもかなり恥ずかしい方法で)、それでも信じ続けるというこの心理、大げさに言えば人間の心の闇の一端です。
私の周囲にも「ねえねえ、血液型何?」などと訊いてくる人たちがいて、その度に「頭悪く見えるからやめた方がいいよ」と答え、それでもしつこく「血液型占いは正しい」という人には噛んで含めるように「論理的に」答えていたのですが、その人たちが血液型占いを話題にすることをやめた気配は一向にありません。
それはなぜなのか、よく分かった気がしました。

よく「人は自分の信じたいことしか信じない」と言いますが、必ずしもこれは正しくない。例えば科学者や哲学者は自分の認識を含めて対象を疑うところから研究の第一歩が始まるからです。
しかし「自分が信じたいことしか信じない」人がこの世界において多数を占めているのは間違いないでしょう。いつの世でもそういう人たちが多数を占めるから少数派が迫害を受けるわけです。そうでなければ差別や迫害など起きない。
その「信じること」はもう論理でも何でもない。特定の血液型だからその人の性格を決めつける人は、オバマの政策がどんなに良くても「黒人だから」投票しない人とその構造は何ら変わりがないわけです。

そういう「論理」で動かない人は、「論理」で誤謬を指摘されても動じません。「だから何?」ってやつですね。
まさにこの心理を実地に金儲けに応用したのが振り込め詐欺だと思います。
金融機関の窓口で、行員などから「それは振り込め詐欺ですよ!」と1時間以上も説得されたのに結局金を、それも数百万円という大金を振り込んでしまったという話を最近よく聞きます。
その度に「なんで?」「バカだなあ」という反応が起きますが、その被害者の中では正しいのは自分で、間違っているのは行員(=論理)であり、「自分が信じてしまったもの」に間違いはないんですから矛盾はないわけです。ひょっとしたら、詐欺だと分かった後も後悔していない人もいるかもしれません。「お金は損したけど、本当の息子に何もなくてよかった」とかね。そういう人に「それは違う」と説明して納得して貰う自信は私にはありません。

ようやくブッシュの時代が終わろうとしています。
「ブッシュ後の世界」に淡い希望を抱いている私は、果たしてバラク・オバマがこの「闇」に勝てるのか、少し心配です。

作者:紅灯

更新日:2008年11月3日 20時30分

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秋の欲求不満リスト

月末までに100枚の原稿を抱えて最近忙しくもおとなしい生活を送っています。
本腰を入れて取りかかったのが2週間前くらいからで、昨日あたりようやくメドがたってきた。
そうすると調子に乗ってすぐに飲みに出たりするのが悪いクセなんだけど。連休のおかげで、月末の〆切が1日延びているので今日明日あさってで校正&推敲もできそうだし。

日がな一日本業&原稿書きに追われていると、要求不満がたまりにたまっていろんなことがしたくなる。試験前の中学生の頃と変わりませんな。
実際この季節は、特にエンタテインメント系の小説は年末のランキングを狙って目玉商品が並ぶので欲求不満もひとしおなのです。
今年のランキングの台風の目になりそうな湊かなえの「告白」も未読だし、東野圭吾のガリレオ長短編2連発も必読だし、西澤保彦の「スナッチ」も気になるし、柴田元幸訳で出たポール・オースターの「幻影の書」はめちゃめちゃ面白そうだし、コーマック・マッカーシーの「ロード」も当然読まにゃならんし、マッカーシーといえば「血と暴力の国」がそもそも今読みかけだし(一昨日は仕事の後深夜のバーのカウンターで読みふけるという暴挙に出た)、文庫落ちまで待っていた有栖川「乱鴉の島」(新書落ちだけど)は積読状態だし、積読といえば柴田元幸の新訳で話題のジャック・ロンドン「火を熾す」も、今頃だけどせっかく取り寄せたソーカルの「知の欺瞞」も、何よりせっかく全集で復刊が始まった広瀬正も全然手を付けないうちに四冊もたまってる(まあこれは一度は読んでるからいいんだけどね)。

早く原稿を仕上げなければ。

作者:紅灯

更新日:2008年10月31日 15時31分

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風の日には歌を聴け

最近、ELLEGARDENのベスト盤をしつこく聞いている。
ベスト盤と言っても、休止宣言以降にリリースされた事実上の「総決算」アルバムなわけだが、それにしてももう新曲が聴けそうにないのが残念だ。
最近これほどクールで骨太でカッコよくで思いっきりロックなバンドはなかったと思う。ロックってのは技術ではないという使い古された言葉がぴったりくるバンドだったなあ。
もちろん決して技術が低い訳じゃなくむしろ相当に高度だけれど、今時信じられないくらいシンプルで音に飾り気がない。
ゴテゴテにデコレートされたJ-popやらJ-rockやらがひしめく中で、ELLEGARDENの疾走感は尋常じゃなかった。

このベスト盤は未収録曲などは入っていなくて買わなきゃ買わないで全く何の問題もないのだが(このすっきりとした商売気のなさ、割り切りの良さもELLEGARDENらしい)、彼らのより抜きの曲をまとめてこういう形で聞くとたまらないね。全力疾走でフルマラソンを駆け抜けるって感じ。
ほぼ制作順・発表順に収録されているので成長の軌跡もよくわかる。しかし初期の頃からその疾走感はほぼ完成されていたようだ。

この夏、彼らの休止宣言を伝える記事には「メンバーの間にモチベーションの差が生じた」とあったけれど、おそらく真実なんだと思う。あの疾走感、あのグルーブ感はひたすら「ロックが好き」というモチベーションからでしか生まれてこないだろうし、それが失われてしまえばもう飛ぶことはできないだろう。
風の日が来るのを静かに待ちたい。


雨の日には濡れて 晴れた日には乾いて
寒い日には震えてるのは当たり前だろ
次の日には忘れて 風の日には飛ぼうとしてみる
そんなもんさ
         ──ELLEGARDEN「風の日」

作者:紅灯

更新日:2008年10月19日 19時56分

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いつの間にか秋だった

連休とは関係な商売とはいえ、秋祭りを横目に働くのも気が滅入ります。
んで、帰りに寄ったなじみのお店。

「竹鶴を」と頼んで、ぽんっと置かれたグラスに一口。
甘いのにうまい。ああ、働いて良かった。
だから酒がこんなにうまい・・・

「やっぱうまいねえ、これやねえ」と私。
「そりゃそうやろ」とマスター。
気づくとボトルがカウンターの上に。

「竹鶴35年」。

「え、ええーっ」

「こんなのもあるよ、飲み」と
ショットグラスに注ぐボトルには
「ニッカ シングルカスク モルトウィスキー 1985 №15」のラベル。

「・・・・・・マスタ、ありがと」
酔いが回ったのか、なんか景色がにじむ。

30分後。
「やっぱうまいねえ、これやねえ」
「さっきから同じこといっとるやん、大丈夫か」
「大丈夫、けどもう帰るちゃん、お勘定」

なあ、一杯800円って、いいと。
ねえ、マスタ。

ありがと。

そんなことされたら泣いて帰らないかんちゃん。



作者:紅灯

更新日:2008年10月14日 0時41分

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ブルースナイト

不思議なものでブログというものは、意外と書きたいことを書いてなかったりする。
よくこのブログで備忘録代わりに(というかブログというのは備忘録なんだろうな)ライブの感想などを書いているけれど、岡部鉄心バンドのことを今まで一度も書いてなかったことに気づいてしまった。
岡部鉄心さんというのは知る人ぞ知る博多のブルースマンで、ドラえもんの映画「のび太の宇宙小戦争」に出てくるパルチザンの自由同盟盟主のゲンブ氏そっくりのコワモテなんですが(って、誰もわかんない比喩だけどさ)、いったんギター持って唄い始めるともうこんなにサイコーなブルースマンはいないという方であります。
博多弁で語る「ラーメン屋の姉ちゃんの歌」は落涙必至。涙がしたたり落ちたバーカウンターにはもちろんバーボンのショットグラス。

ただ、ブルースライブ自体は珍しくも何ともないのでありますが、すでに10月6日で3回目を数える「岡部鉄心バンドブルースナイト」はなんと街場のバーで開かれているのであります。
ライブハウスではありません。フツーのバーです。それもカウンターオンリーの。

「そんなもん、できるわけないだろう。ボックス席もないならタダの流しのギターとどこが違うねん」と関西弁でつっこんだあなた、正解。
ドアとカウンターの間で鉄心さん、唄います。その横のスペースにドラムセット(おい)。さらに横にベース。簡単に言えばカウンターのお客さんの背後霊状態。
初めてバンド編成になった第2回目の時、私ドラムセットの隣でした。ライブハウス経験長いですが、バスドラの前で酒飲んだの初めてです。
ギターアンプはカウンターの上。アンプの前にはバーボングラス。

もう最高です。トーキングブルースって究極はこういうスタイルに行き着くんじゃないのかな。
トーキングブルースが自らの音楽の理想だと公言するガリレオ・福山雅治君がこれみたら長崎に帰省せずに熊本に来るぞ。
もうこれは必ず絶対に何が何でも続けて行っていただきたいと、これを呼んでいるであろう店のマスターにここで強く主張しておくわけであります。

と、それはおいといて。
このトーキングブルースナイトの第二回目から「ET」という女性ブルースシンガーが前座で登場するようになりました。
身長も手のひらもみんな小柄で、ギターがやたら大きく見える「女の子」です。
でも、ハンチングにちょっと大きめのシャツ姿できっちりブルースです。「天空の城ラピュタ」みたいと言えないこともありませんが。

これがいい。
まずギターがちゃんとしてる。若いブルースマンって、結構奏法なんかいい加減で「まず気合いから」みたいなところがあるんですが、彼女はちゃんとしてる。少なくともきちんと気を配って演奏してる。
唄も同じ。ブルースらしく自分に没入してるところとはちゃんとありつつ、どこか客観的に見ている。客観的になりすぎるとまたこれはブルースじゃなくなるんですが、そのバランスがいい。おそらく意識してるんじゃないけれども、聞いている客としては大変心地よい。
それはオリジナルの曲によく出てる。
何の派手さもないけど、「ブルースってこうだったよなあ」ってこんな子に教えられるのかという思い。
ブルースっていうのは本当は「含羞」を聞かせるものだったということを思い出させてくれる唄です。
特に「ゆっくり廻る」「街」の2曲は素晴らしい。

鉄心さん、彼女はそのうち大化けするんじゃないでしょうか?

彼女のhpは(携帯向けみたいだけど)http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=etinfo
オススメです。

作者:紅灯

更新日:2008年10月8日 0時22分

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「劇場版」とは言わせない

「容疑者Xの献身」を観てきました。
封切り初日に行くなんてよほど楽しみにしてたのかなどと思われそうですが、たまたま時間が空いたのと、行った回がレイトショーだったので、ドラマの特番の放送時間帯と重なり、空いてるんじゃないかと思ったんです。
甘かった。さすがに立ち見と言うことはありませんが(レイトショーだし)、客席は7割の入り。みんな留守録してるんでしょうね。もうタイムスケジュール通りにテレビを観る習慣なんてほとんどなくなってきたってことでしょう。視聴率なんて意味ないな。

さてその客席。レイトショーにもかかわらず圧倒的に10代後半から20代女子が多い。彼女たちの内訳は、福山ファン6割ドラマファン4割、またはその両方10割といったところでしょうか。
それから30~40代のおっさん、これは一人客がちらほら。これはミステリファンでしょうな。

さてこの映画、言わずとしれた東野圭吾の直木賞受賞作にして大ベストセラーの映画化です。原作は、丹念に作られたミステリ小説の鏡のような端正な作品で、トリックは細心の注意を払って作ってあります。全編に伏線が張り巡らされ、しかし、お話自身は大変地味といういかにも東野圭吾らしい作品です。
ということはつまり、まったくもって映画化しにくい作品でもあるということです。
こういう映画を観るときのお約束は「期待しちゃいかん」と言い聞かせておくこと。
しかし一方、この映画のベースとなったテレビシリーズは、意外と原作の持ち味をしっかり生かした作りになっていましたので、「期待しちゃいかん」と思いつつも、「ひょっとして面白いかも」などと色気を出しておりました。

以下、結末やトリックに触れている部分があります。未見の方はご注意を。

オープニングはど派手です。ドラマシリーズのノリそのまんま。ですが原作にはありません(当たり前だ)。
「こりゃどうなんだろう」と思いつつ観ていると、いきなり地味になります。
今回の事実上の主役、堤真一演じる石神が住むアパートやその周辺の下町っぽいたたずまいなんて、もう原作のイメージそのままで、良くこんな場所ロケハンしてきたなあと感動したほど。
で、お話はほぼ原作どおり。「いいのか」「大丈夫なのか」とこっちが心配になるほど地味に原作どおりです。
しかし演出は非常に手堅い。時間、場所、人……、ミステリに必要な「伏線」をきっちり押さえています。原作を知らずに初めてこの映画を観た人は、もう一度見直すと「ああ、これか」「ここにも!」ってな感じで楽しめると思いますよ。冒頭の石神の通勤風景の描写にトリックが堂々と写ってたりします。
原作に使われる大技、登場人物の描写によって読者をミスリードする叙述トリックの部分もしっかり取り込んでいるし、とにかく2時間にまとめるための刈り込み方が大変うまい。
さすがに映画としてはあまりに地味なので原作にないシーンも付け加えていますが、これもありきたりながら抑え気味の演出が効果的。
監督の西谷弘という人は「県庁の星」を撮っていますが、基本はテレビの人で、「エンジン」や「ラスト・クリスマス」などを撮ったベテラン。テレビの「ガリレオ」シリーズも手がけていますが、テレビシリーズとはずいぶん趣が違う。最後の方に編集がおかしいと思ったところもあったけど(時間がなかったのか?)、映画とテレビの文法の違いをよく知っている人のように思う。

そしてラスト。
さすがに東野圭吾独特の後味の悪さフルスロットルのあのラストは変えるだろうと思っていたのですが、やりましたね。
CMでも流されている堤真一号泣の意味は・・・。主人公とヒロインが同じ場所で号泣しているのに、それが全くすれ違っているというか、ものすごく広くて深い谷が横たわっています。ミステリ&恋愛ドラマなのに、観客に絶対にカタルシスを与えない終わり方。
あのラストで「ねえねえ、ヒロインは○○のつもりなのに、堤真一は○○なんだよね、そんなのアリ?」などと不安に思った方、たぶんあなたはそれで正しい。
いいのかこれで、という映画ですが、いいんです。
この映画、福山雅治「ガリレオ」を選択せずに、東野圭吾「容疑者Xの献身」を選択したその心意気は見事と褒めておきましょう。
まあ、もともと原作もそうなんですが、そもそも「ガリレオ」というキャラでやる必要のないお話なんですね。ガリレオ役を刑事たちに交換すれば、そのまんま「特捜最前線」とか「七人の刑事」とかで最良のエピソードになりそうな地味で暗い、しかしよくできたお話です。
おかげでミステリ映画としては近年にない上質の映画となりました。
たぶんヒットはしないと思いますが。

映画が終わって出口へ急ぐ女の子たちやカップルたちの表情は一様に芳しくありません。
主人公たちは号泣しているのに客は引くばかりで全然泣けないし(私は主人公の悲惨な心情を思うと泣けてきましたが)、話は(舞台設定は)びんぼー臭いし。
主人公のはずの福山くんは全然活躍しないし(でも相変わらずお洒落。そのお洒落が思い切り浮いてる)。
私の目の前を歩いていた10代後半の思い切りヤンキーなカップルは、剣呑な雰囲気を思いっきりまき散らしながらシネコンを出るまで口を聞くどころか顔を合わせようともしませんでした。あれはこの後「映画を観よう!」と誘った誘わないで間違いなく喧嘩になったと思われます。

最後に役者について少し。
最近妙にインテリの役が多い堤真一は絶好調ですな。JAC(千葉真一が作ったジャパンアクションクラブ)出身だってもう知ってる人も少ないかも。この数年やたら出演作が多いですが、こういう線が太くて幅広い役柄ができる俳優減ったからなあ、貴重なんでしょうな。
福山雅治は、テレビドラマでは割と評価していたんですが、映画は向いていないようです。

あと、益岡徹が相変わらずいい味出しています。

作者:紅灯

更新日:2008年10月5日 16時54分

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追悼 ポール・ニューマン

亡くなってしまいました。
俳優を引退し、ガンと戦っているというニュースは入っていましたので覚悟はしていましたが、やはり寂しい。以前書いたシドニー・ポラックやロバート・レッドフォード(こちらは存命ですが)らとともに、良きハリウッドを作り上げたビッグネームでした。
若い頃はギラギラとした男臭いイメージだったようですが、うまく歳を重ねてキャリアを積み上げました。
「熱いトタン屋根の猫」→「ハスラー」→「明日に向かって撃て!」→「ロイ・ビーン」→「スティング」→「スクープ・悪意の不在」→「評決」→「ハスラー2」→「ノーバディーズ・フール」と見ていくと、「おお、いい感じで歳をとってるじゃないか」と思いませんか。

作品に恵まれないという言い方もしばしばされる人でしたが、こうやって書き出してみると決してそんなことはない。おそらく、「ニューマンにはもっと代表作があるはずだ」と思わせる何かがこの人にはあるんでしょうね。
アカデミー賞をずっと獲れなかったのも、「うーん、もっといいのが観たい」とアカデミー会員に思わせたのかもしれません。
確かに、男臭い役で人気になったのに、「明日に向かって撃て!」はそれをレッドフォードに譲って、自分はひょうひょうとした食えない男を(でもキャサリン・ロスといちゃつくレッドフォードを陰から見つめる切ない男を)楽しそうに演じていました。
かと思うと「ロイ・ビーン」では豪放磊落な男の中の男、「スクープ」はシニカルなブルーカラー、「評決」は落ちぶれた弁護士が立ち直るまでをしみじみと演じ、でもどれをとっても「ポール・ニューマンである」という印象を残します。といってデニーロのようなすべての役を引き寄せるタイプでもマルコビッチのような憑依型でもないという珍しいタイプの役者でした。
よく言えば底が見えない、悪く言えば手を抜いているように見える、自然体の俳優とでもいうんでしょうか。

私が最も評価しているのは「評決」で、念願のオスカーはこれであげて欲しかったと思いますね、今でも。
ちなみにこの年のアカデミー賞は「ガンジー」「ET」「ミッシング」「トッツィー」そして「評決」が争うという、アカデミー史上特筆すべき激戦の年でした。俳優として「ラッキー」な人生を送ったニューマンは、でもこういう運には恵まれなかった人でした。
でも多くの人がこの映画をニューマンのベストに挙げると思うので、ここは当ブログの追悼記事の慣例として、目立たないけどお勧めの一本を。

それは「スラップ・ショット」(1977)。
連戦連敗のアイスホッケーチームの奮闘ぶりを涙あり笑いありで見せるジョージ・ロイ・ヒルのドタバタ人情ドラマ。ジョージ・ロイ・ヒルはもちろん「明日に向かって撃て!」「スティング」の監督です。しかしこの2作に比べて肩の力が抜けて(抜けきって)、もう本当にリラックスして楽しめる快作に仕上がっています。
チームの監督のニューマンがいいんだなあ。男臭くてバカで、でもナイーブで。
そう言えばポール・ニューマンって、時々見せるバカっぽい表情が本当にバカっぽくていいんです。レッドフォードみたいに「バカやって見せてます」みたいじゃなくて、本当にバカ?と思わせるところが、人なつっこい魅力なんでしょうな。
そういう魅力全開の一作、是非ご覧下さい。


作者:紅灯

更新日:2008年9月29日 22時6分

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巨匠の夢

他人の夢の話を聞かされることほどつまんないことはないといいますな。
夢と言っても、将来の夢とか15年後の僕への手紙とかじゃなくて、よだれ垂らしながら見る夢の方。
「きのうさ、すっごいヘンな夢見ちゃってさ、全然知らない場所に立ってるんだけどそれが知ってる様な気がして・・・」なんて本人は一生懸命話してるんだけど相手には全然伝わりません。シュールな話を他人に話すのは怪談話より芸が要る。聞いてる方は何が何だかさっぱり分からないというのがせいぜいですな。

夢というのも人それぞれのようで、モノクロの夢を見る人もいるそうですが、私の場合、総天然色はもちろん、匂いも味も普通にあります。それどころか知覚痛覚の類も変わらずあるので、「これって夢かな、キュー」ってほっぺをつねるというのは通用しません。夢の中でしっかり痛いので。
だから、目が覚めた直後は「あ、夢だったのか」で済むのですが、数日経つと、「あれって夢だっけ、現実だっけ」と記憶が混乱することもたまにあります。
なので自分が殺される夢を見たときは、目が覚めた後も1時間くらい立ち直れません。肉体的にも痛みが残ってたりして(まあ、死ぬほどの痛みじゃないんだけど)。

もう一つの私の夢の特徴は、割とストーリーが充実していて、ハリウッド映画のアクションものみたいな展開が少なくありません。ふとしたことから国際謀略に巻き込まれて七転八倒、絶体絶命に追い詰められるも、知人友人の助けを得て反転攻勢、怒濤のクライマックスへ、てな上映時間2時間10分総制作費50億円みたいなの。
こういう夢だと途中で目が覚めても、(あ、続きが観たい)とか思ってもう一度寝ると、大抵はすんなり続きの世界に入っていけます。レンタルビデオを観てて、途中一時停止してビール取りに行ったりするような感覚ね。

とまあ、こういう夢を見ているうちふと思いました。
「一流の映画監督が見る夢って、やっぱり凄いのだろうか?」

だって自分の夢ですからね。構成もセットも思うまま、予算使い放題。現実には無理なカメラワークやCGに頼らなければ不可能な視覚効果でも、夢の中ならいくらでもできます。問題は、その構図や視覚効果、カメラワーク、ストーリーの発想ができるかどうかだけなんですから。一流の映画監督というのはその発想がオリジナルで無尽蔵な訳ですから、すべての現実的な条件が取り払われた夢の世界では、もうものすごい映画が毎晩映画監督の頭の中では上映されているのではなかろうかと思うわけです。でも人の夢は覗けない。でもみたい、スピルバーグの夢を覗いてみたいよお。

とまあ、そういうことは皆さん考えるようで、黒澤明が見た夢を映画化したというふれこみの「夢」なんかがすぐに思い出されますが、どうなんでしょうね。確かにストーリーからは解き放たれていますが、どこかで現実とのバランスを取ろうとして、その結果中途半端になった印象は否めません。むしろ「無駄に金遣ってる」と非難を浴びまくった「乱」の方が黒澤が自分の夢を忠実に映画化したんじゃないかという気もします。

さてさていつものように前置きが長くなりましたが、何の話かというと「ポニョ」を観てきたんです。「崖の谷のポニョ」じゃなくて「崖っぷちのポニョ」でもなくて「崖の上のポニョ」ね。
で、見終えた最初の感想が「これって宮崎駿の夢なんだろうなあ」と。

初期の頃の宮崎作品に比べて遥かにいい加減で緩くてご都合主義な世界観。
妙に歪んだ印象を与える手書きの絵。
全く無意味だけど、ひたすら次のカット次のシーンへ盛り上げていく効果はすばらしい、目先だけを追っているストーリー。
幸せな気分というか、発狂寸前というか、とどのつまり理解不能な色彩設定。

世界観を説明しようとか、ストーリーを破綻なく組み立てようとか、そういう普通の映画作りの努力はハナから放棄されています。これが「子ども向き映画」に設定されたのは、そうした説明努力を放棄しても許されるジャンルだからではないでしょうか。だから同じ作家による「子ども向け映画」といっても「トトロ」とは全く違うジャンルの映画になっている。
宮崎駿の映画作りは、描きたいシーン、描きたい絵を最初に描いて、そこからストーリーを服得たイメージふくらませていくという作法であることはよく知られていますし、そうした創作手法はそれほど珍しくもないですが、今回はもう、ひたすら描きたいモノだけを描き散らしたという印象です。

今回初めて宮崎駿が絵コンテに色を塗って指示をしたといいますが、当然です。あの映画の制作をアニメーションという集団作業の極地でやり通したのは奇跡じゃないかと思いますね。まさに独裁者宮崎駿の面目躍如。基本的に「崖の上のポニョ」というアニメーションは、一人ですべて描く芸術家肌のアニメーション作家が100年くらいかけて作るタイプの作品です。一体どんな映画になるのか、宮崎以外のスタッフは皆目見当が付かなかったのではないかと想像します。
今回鈴木プロデューサーは直前までCMを放送しない、CMを流しても内容には触れないという手法を取って話題を呼びましたが、あれはそうする以外に仕方がなかったのではないでしょうか。

「かわいい」とか「心が温まる」とかこの映画を観て本気でそう思うのか、わたしは不思議でたまりません。
子ども特有の強烈な生のエゴイズムが大量殺戮を引き起こす世界。そこでストーリーと関係なく巻き起こる近親相姦、といって悪ければ近親相克の隠喩暗喩の数々。愛情と憎悪が直截にロコツにぶつかり合う感情過多のエピソードが渦巻く混乱。次々に挿入される過剰なイメージの連続。まさに船酔いする映画。
「ポニョ、ポニョ♪」というあのえげつないほどにかわいらしさを強調したテーマ曲は、「これはヤバイ」と危惧した宮崎アニメの守護霊二人(鈴木・久石)が強引に「ほらこんなにかわいいんだよ、純粋無垢な映画なんだよ」という皮を被せて、世間をだまくらかそうとした策略ではないかと睨んでいます。

夢というのは、わかりやすい悪夢というのは、実は少ないものです。
目が覚めて何となく呆然となりながら、「あれは何だったんだろう」と釈然としないまま忘れていく。楽しかったのか、恐ろしかったのか。その境界が曖昧な世界。

こんな夢を毎晩見て、こんなイメージを体からあふれさせて生き続け、正気を保ち続けている宮崎駿というのは、やはり只者ではありません。
天才宮崎駿を改めて実感させる映画であることは間違いがありません。
前作「ハウル」で予兆はありましたが、ついに暴走を始めた宮崎駿、これからどこへ行くのか気になるところではあります。

教訓
「凡人の夢はつまらないが、巨匠の夢は恐ろしい」


作者:紅灯

更新日:2008年9月22日 22時38分

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飲んで学んで驚いた休日

若手バーテンダーが腕を競うカクテル・コンテストに行ってきました。って、もちろん見学というか応援。バーテンダーじゃないし、だいたい若くないし。
なんですが、出場する選手に知り合いが複数いるので、一人だけ応援できないというのも辛い、というか八方美人ですな。

今回はスポンサーがアサヒなので、アブソリュートのフレーバーシリーズなどなどアサヒのイチオシのスピリッツを使いながらの戦いが繰り広げられました。
私このコンテスト観て初めて知ったんですが、ホテルのバーテンダーと街中のバーテンダーは流儀が違うんですな。いや、ホテルのバーマンは仕草がロボットみたいとか、髪を七三に分けてるとか、そういう違いは何となく感じてたんですが(おい)、メジャーを使うか使わないかと言うことなんです。
普通のバーテンダーはメジャーカップを使うけど、ホテルのバーテンダーは使わない(人が多い)。コンテストが終わった後に審査委員長のバーテンダーさんが総評で触れてて気づいたんですが、確かに言われてみればホテルのバーマンってメジャーカップ使わない気がするよなあ。
使わない方が所作がいいという訳でもなくて(たぶん)、どちらがいいというのは特にないと思うんですが、こういうコンテストはホテルのバーマンが強いのは一般的な傾向のようです。ネーミングからしてはっきり賞狙いをアピールしてたりするし。

しかし、今回2位3位のホテルのバーテンダーを抑えて優勝したのは、街中バーテンダーでおまけに女性。試技の時からカッコイイなと思っていましたが、あっさり優勝。おまけにアサヒビールの特別賞もダブル受賞。
バーテンダーも本格的に女性の時代の到来、なんて決まり切った言い方してもしょうがありません。何たって今回出場選手の3分の1近くが女性だったんですから。

それにしても、さっきも触れたコンテストの総評が面白かった。
今回のコンテストは一人のバーテンダーがオリジナルカクテルを3杯作るルールなんですが、普通のコンテストは5杯だそうです。3杯にしたのは「その方がより実践的だろう」と言うことだったんですが、総評では「3杯のカクテルを5杯の時と同じようにシェイクする選手が目立った」とお説教。つまり、シェイカーの中に入っている量が違うのだから、当然シェイクを変えないと水っぽくなってしまうということなのです。うーん、確かに。
その他にも、プロならではの細部にこだわった批評が展開されて素人としては感動モノでした。

さてコンテストの後はスポンサーのアサヒ・ニッカウィスキーセミナー。
大昔、ニッカに就活もしたことがあるので(本当)、ニッカの基礎知識はなくはないのですがやっぱりテイスティングが目当てであります。
今回のテイスティングは次の5種類。
1)余市12年ウッディ&ヴァニリック
2)余市12年ピーティ&ソルティ
3)シングルカスク宮城峡12年フルーティ&リッチ
4)シングルカスク宮城峡12年シェリー&スイート
5)シングルカフェグレーン12年

中でも白眉は新樽熟成の1)。個性の強い余市ならではと先生が自信を持って出しただけあって、うまい。「ウッディ」=森の香りなんですが、新樽臭くない。
うーん、市販はしてないみたいなんですが、ああ、呑みたい。もっと飲みたい。
あと、5)は、要するにグレーンなんですが、あの味も素っ気もないグレーンがこうまでうまいかと感じされるものでした。

さて、最後はチャリティカクテルパーティです。
今まで「カクテルパーティ」と名の付くパーティには何度か出たことはありますが、今回は本物。だって、本物のバーテンダーがわんさか集まって、作るのも飲むのもプロばっかという「カクテル」パーティなんですから。
ちなみにコンテストで入賞したカクテルも飲めることになっていたのですが、残念ながら人気がありすぎて僕は飲めませんでした。あっというまに100人くらい並ぶんだもん。だから感想はなし。今度お店に行って飲もう。
酒造会社やアルコールの輸入代理店さんのブースもずらりと並び、各社イチオシの酒が飲みホーダイ。もう天国ですなこりゃ。
中でも、日欧商事(イタリアの食材専門だと思う)のブースにずらりと並ぶグラッパの数々に感涙。素っ気ないデキャンタも何本か並んでるから、何かと聞いたら、「この秋から受注するグラッパ」とのことで、あれもこれもと片っ端から飲んでしまいました。うはは。

そして広い会場がすっかり酒くさい空気にずっぽりと包まれた頃、お約束のプレゼント抽選大会。子どもの頃からくじ運のカケラもない私は無視してひたすら飲んでいたところ、会場一杯に響き渡るのは当選番号のアナウンスではなく、私の名前。
(何か落とし物でもしてしまったのだろうか)と呼ぶ声に応えると、「ベストドレッサー賞の発表」っておい、冗談でしょう?!。
もう一人呼ばれた女性も心底驚いた表情でボー然としています。
着てるモノを人から褒められたなんて生まれて初めての経験で、マイク向けられたって何も話せません。情けないことこの上なし。っていうか、せめて10分前に教えてくれよお。

最後はなんだかよく分かりませんでしたが、楽しかったことは間違いない休日でした。

作者:紅灯

更新日:2008年9月16日 1時7分

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